大学3年生になって、コロナ禍になって人との距離が遠くなった……のが一般的な感覚だと思うが、私は何故だかその時期に急速に仲良くなった人間がいた。
しかし、今はもう縁が切れている。私から切った。短期間の間に急激に甘えられ、頼られ、依存され、消費され、自分の心がすり減って、耐えられなかったのだ。
限界を超えてから友人をはじめとして、大学のカウンセラーさんなど色々な人に相談し、私は表向きは自分の心を取り戻した。

心の底から煮えたぎる感情。更新され続ける『被害者武勇伝』

実際は縁が切れてから約3ヶ月はこの出来事を引きずっていた。憎悪と罪悪感が止められないのである。
「縁を切る前にもっとやりようはあったんじゃないか」と背中をつつく罪悪感を消すために、自分がされた嫌な出来事を思い出して一つ一つを罵ることで、間違っていないと自身を納得させる。私の良くない部分だ。そして私の『そういう部分』を、あの人間は『被害者武勇伝』と書いた。
言い得て妙だと今は思う。だがこの言葉を見たその瞬間、私は気が狂った。人気のない深夜の山に車を走らせ、車の中で絶叫した。カバンを投げて頭を掻きむしって暴れに暴れた。

私を苦しめた張本人がその言葉を選んで書くのか!私は恨んでるんだ。憎んでるんだ!
やっと離れられたのに、こうしてまた私の心を踏みにじって、それに気付かずにのうのうと生きているんだろ。私だって好きでこんな風になったんじゃない!

普段ならそこまでやったら収まるのだが、冷静になってからも心の奥底で煮えたぎる感情を抑えきれず、私は話した。自分がどれだけ嫌だったのか。自分がどれだけ頑張ったのか。
聞いた友人たちはしっかり私の希望通りの言葉を返してくれる。
「ひらりちゃんは悪くないよ」
私にとっては理想の環境だった。なのに『被害者武勇伝』は止まらない。もう考えたくないのに怒りと罪悪感が消えてくれないのだ。
きっと愚痴の形をしたSOSだったのだろう。誰かこれを止めてくれ!と思うのに、私の話を全部聞いてくれ!とも思うなんて、こんな経験ははじめてだった。

姉のおかげで掴めた私という人間性。自己肯定感が満たされた

さすがに自分でも自分がおかしいとは気付きつつも、どうにもできず、とうとう仕事帰りで疲れている姉にまで『被害者武勇伝』を披露してしまった。誰でもいいからこんな自分をどうにかしてくれ!認めてくれ!という事しか頭になかったのだ。
「ひらりは病んでるんだね」
思わず言葉が止まってしまった。いつもは「私はそこまで必死になれない」と苦笑いしていた姉が、本当に普通に「外、雨降ってるねえ」とでも言うかのように、そう言ったのだ。
普段あまり話さない私が饒舌になっていることもあり、姉も異変に気づいてはいたのだろう。私はその言葉に対して酷い動揺はなく、むしろ腑に落ちたような心地だった。

「本当は嬉しかったんじゃないの。頼られて」
思わず頷きたくなった。でも口は反射的に濁してしまった。悪くないと言って欲しい自分と自覚してる悪い部分を見て欲しい自分の、二種類が同時に現れて戸惑った。
姉は晩御飯をチンしながら本当に自然に、決して共感しながら真摯に言うんじゃなくて、世間話をするみたいに続ける。
「頼られて嬉しいのは『安心』するからなんじゃない?自分のそばにいてくれるって思うんでしょ。嫌われてないなー、みたいな」
そうかも、と今度は口からついで出た。
「なんでそんなに必死にいい人になろうとすんのかわからん」
私は藁にもすがる思いで、自分の中の軸を口に出す。
「私は『人が嫌がることをしたくない』んだよ。自分が相手の立場だった時に、電話をブチッと切られたり、必死に説得した末になんの理由もなしに断られたらショックなの」
それは自分でも自覚がある甘さだった。縁を切る時からずうっとある罪悪感の正体でもある。どんなお願いも、もし自分が相手だったら、と考えるとどうしても突っぱねられない。

最後の最後でいつも私が折れるのはそういう理由だった。これを振り払える納得のいく意見が私にはいつも思い浮かばなくて、釈然としなくても心を消費するほうを選んでしまっていた。
「でもひらりは人が嫌がることをお願いしないじゃん。『嫌がられるのが嫌だから嫌がらないで』なんて人に頼むの?」
私は首を横に振る。
「頼まない」
姉は、やっぱりなんて事ないように言った。
「じゃあ、その時点で相手の立場に立つ理由なくない?」
目からウロコである。その言葉を皮切りに、私の心は久しぶりに自己肯定感に満たされた。自分の中の矛盾が消えて、自身の人間性をこの手でしっかり掴んだという実感が確かにあった。無理やりじゃなく、自然の摂理と同様に私は自分を認められたのだ。
「ひらりはそんなに頑張らなくても充分いい人だよ」
姉はそう話を締めくくって晩御飯を食べ出した。

他人につけ込まれる隙を与えたのは私。限界を超えない人間関係を築く

弱い故に人に頼られることで安心したかった。それは私ですら知らなかった私の一部だった。
もしかすると、向こうが私の優しさに漬け込んだように見せかけて、私が私の優しさにつけ込ませたのかもしれない。だからと言って縁切りを撤回する気はないけれど。
それはそれとして、私にも悪いところはあったし、私がしていたことは不本意だが『被害者武勇伝』に違いなかっただけだ。
でももう迷わない。私が他人と人間関係を築くために、限界を超えなければならない理由なんかないってちゃんと納得出来たから。
ありがとう、お姉ちゃん。