私と反対の性格の先輩は、ある本の主人公に私が似ていると話した
「似てるんだよねえ」
ようやく夏の暑さがやわらいできた晴れた日に、先輩はとつぜんそう言った。ある本に出てくる女の子が、わたしに似ているらしい。
「……わたしに?どのへんが?」
「大切なものの本質をきちんと捉えているところ。あと、それを臆さず言葉にできる度胸があるところかな」
すごく好きな本で、と話してくれている先輩を前にして、わたしは口には出さずにびっくりしていた。先輩、本読むんですか。
だってこのひと、底抜けに明るい。
図書係も図書館も本屋も、静かで穏やかな場所だというイメージがどうしてもある。
読書が趣味と言われれば、落ち着いた人なんだなと思うし、暇があれば本を読んでばかりのわたし自身、インドアで人見知りだという自覚があった。
でも先輩は、どちらかというとわたしと反対の性格をしている。
声がよく通って、大いに笑い、いつも物事の中心にいる。誰かの悩み事を、明るさでふきとばしてしまうような印象の人だった。
涙ぐみながら一気に読んだ本は「失ってしまった人」を考える機会に
山田詠美さんの『PAY DAY!!!』とメモ帳アプリで控えてから、近くの本屋を何軒か回った。
出版から数年経っているからか、なかなか見つからない。それでもどうしても読みたくて、取り寄せをしてもらうことにした。入荷したと連絡をもらった日は、小走りでお店まで行って、帰りの電車で座るなり読みはじめた。
タイトルのペイデイが、給料日という意味だということは、ひとつめの章を読み終わって気がついた。ペイデイには、みんながほんの少しだけ、幸せになれる。双子の妹ロビンと、兄ハーモニーの視点を交互にして、おはなしは進んでいく。
9.11に起こったあの事件をきっかけに変わっていく、彼女と彼。ちょっと不器用で、でも誠実に生きている二人が、失ってしまったものと、得たもの。切なくてあたたかいものがたりだった。
途中何度も涙ぐみながらも、一気に読んだ。最後のページを読みながらぼろぼろと泣いて、とにかくたくさんティッシュを消費した。ようやく落ち着いてから時計を見ようと顔を上げて、となりにかけてあるカレンダーと見比べて気がつく。
日付が回っている。9月11日だった。
勿論、そんなことがただの偶然だということはよくわかっている。それでも何か意味がある出会いだったように思えて、また涙が浮かびそうになって困った。
失ってしまった人を思い出すことは、これまでのわたしにとっては恐怖でしかなかった。楽しかったはずの思い出も、好きだったところも、喪失の痛みの前では些細なものになってしまっていた。
けれど、この本を読んでわたしは知った。今ここにその人はいなくても、その人の一部は、わたし自身と同化する形で、残っている。残り続ける。
大切なものの本質は分からないけど、彼女に自分を重ねてしまう
何も失ったことのない人なんて、いない。
理由なんてまちまちだけれど、きっとみんな少なからず何かを手放して生きている。生きている限り、人は何かを失い続ける。粉が滑り落ちていくように、気がつかないうちに失うこともあれば、握っていたはずのものを思いがけず手放してしまうこともあると思う。
もういいと放り投げてしまうことだって、神様に、取り上げられてしまうことだってあるだろう。いつか失くすのであれば手ぶらで生きていきたいと思ったりもするけれど、これも同じで、生きている限り、わたしたちは何かを得続けてしまう。
手に入れて、失って、それを繰り返しながら毎日はすすんでいく。
それは怖い。すごく怖いけど、救いだなあと思った。
先輩が言ってくれたように、ロビンが自分と似ているなんてことは感じなかった。
大切なものの本質なんて、わたしはきっと分かっていない。
それでも、分かりたいと思うロビンに自分を重ねることは、一晩の中で何度もあった。
ロビンが、物語の中で言っていたことを繰り返す。
『好きな人は、側になんかいなくたって、いつだって抱き締められるのよ』
わたしが失ってしまったひとも、先輩が失ってしまったひとも。
なんだって、いつだって、抱きしめられる。