私にゲームクリエイターへの道を選ばせた「グリム童話」

私は現在、ゲームクリエイター(正確にはゲームプランナーなのだが)になるために大学に通っている。
元々、物書き気質でアナログで事足りた私にとって、大学は絵描きしかいないし、デジタル関係はほぼ全部初心者だし……と後者はともかく、前者のせいで絶賛ボッチ大学生活を過ごしていたりする(まぁ、それ以外も理由はあるが、私にとってはアニメや漫画の話より創作話の方が盛り上がるのだ)。正直、芸大という個性とテンションのぶつかり合いの大学は、私の性に合わないと思ったことは何度もある。

私が、ゲーム関係に進む事を決めたのは高校2年の時のことである。
このエッセイに投稿しているのだ、その要因はとある「本」である。
が、きっと読んでる貴方の想像する様な本とは違うだろう。
けれど、貴方は確実にその本を知っていると……正確にはその「グループ名」を知っていると私は確信している。
その本は白水社の「グリム童話(初版)」だ。

私は文字書きだ。絵描きではない。
しかし、小説家になりたいという訳でなく、ネットで手軽に小説を投稿できる今日OLしながら、小説でも……と考えていたりした。
そんな、考えが完全に変わったのがグリム童話との真の出会いだった(意地でも小説家は目指さなかったが)。
グリム童話(初版)ってなんだ?と思う人もいるだろうが、グリム童話は全部で7回出ている。初版はその名の通り一番最初に出た話となる。

初版にある要素を使わないなんてもったいない。なら私が、と思った

数年前に流行った、「本当は恐ろしいグリム童話」に収録されていたような、血まみれになったガラスの靴の「灰かぶり」や実の親に殺されそうになる「白雪姫」、ただただ悲劇の「子供達が屠殺ごっこをした話」といった子供向けの童話としてどうなのそれ?といった作品が多く収録されていたのが初版なのだ。

私は、擬人化が好きだ。ただ、かわいいかっこいいキャラにした擬人化ではなく、キャラデザや設定にモチーフが上手く活用されている擬人化が好きだ。
童話というものは、ゲームにおいても漫画においても使われ尽くした題材だと思っていた。
だからこそ、初版という存在。2版で差し替えられ削除された作品が唯一載っていた本、ペロー童話との関係性、物語として不完全な所。

私はただただ思った。
「こんな、面白そうな要素があるのに使われないのは勿体ない」と。
童話の上辺のところだけを見て、作るのなんて勿体ない。
ないなら、作るしかない。
きっと、今後も誰も作ってはくれないのだろうから。

そうして私は、美大へ進む事となったのだ。

ボッチの大学生でも頑張れる。童話の魅力を広めたい

未だに、あの日初版という存在を知った時の高揚感は忘れられない。
だからこそ、私はボッチの大学生活でも頑張ることができる。
そもそも、そんなに苦に思ってないから頑張るというのも変な話ではあるが……。
あの頃よりは、好きなものも増え、ストライクゾーンも広がったが、詰めすぎないようにのんびり読んでいる。流石に多いので……。

たかが「童話」子供の読むものと思う人も多いだろうが、歴史も長く奥深い。
モチーフにされまくっているということは、それだけキャラが立つと言うことなのだ。
グリム童話に魅了され、研究してきた人たちがいるように、私もまたそんなグリム童話に魅了され、その魅了をゲームという形で広めたいと思うのだ。