私にはたくさんの武器がある。
人に優しいところ。努力ができるところ。髪の毛がサラサラなところ。第一印象が朗らかなところ。遅刻しないところ。仕事をきちんとこなすところ。英語が話せるところ。粘り強いところ。
まだまだたくさんある、私が大切に磨いている武器たち。
でも、どの武器を使うかは、絶対に私次第だ。

就職活動相談しているときに、社長は突拍子もない指示をした

大学3年生の冬、就職活動に苦戦していた私はオフィス街近くのカフェにいた。
学生として長期インターンをしていた小さな企業の社長が、就職活動の相談に乗ってくれると言うのだ。
社長は私をはじめとしたインターン生に対して、とても親身な人だった。
インターン生だからといって下に見るなどということは全くなく、むしろ小さな意見にも耳を傾けてくれる。与えられた業務も常にチェックし、フィードバックをくれる。何度か仕事ぶりを評価してもらえていたこともあり、業務に手応えを感じていたところだった。

今回も社長はいつも通り気さくな様子で、私の就職活動状況のヒアリングや軽い面接練習をしてくれた。
話を聞いていたその時、少し離れた席に、サラリーマン3人組が座った。
引き金を引いたのは何だったのだろうか。それを見て、急に社長はこう言ったのだ。
「あのさ、今、そこのサラリーマンのうちの一人に言ってみ。『面接練習させてください』って」

社長の無言の圧。「行くな」という自分の直感に、何としても従いたい

あまりにも不思議な展開に、思考回路は瞬く間にショートした。
なぜ?私は一瞬ポカンとした後、疑問符で頭がいっぱいになった。なぜ?どうして?なんのために、そこのサラリーマンを巻き込むのか?
とりあえず「あはは」と作り笑いをして「冗談だよ」の一言を待つものの、社長の顔は真剣そのもの。
サラリーマン3人組は、中年くらいで、体格も全員しっかりとしている。少し強面でさえある。正直、怖い。見ず知らずのサラリーマンに声をかけるなんて怖いことをして、逆上されてもおかしくはない。
しかしその間も、社長の無言の圧は続く。この恐怖感をとても説明できる状況ではなかった。
「……え、今ですか?」
「うん」
「え、本当にですか?」
「うん」
頭だけがぐるぐるとしていて、足の力は全く入らなかった。
そんな状況でも、何かが私に告げていた。「行くな」と。
実際は60秒ぐらいだったかもしれないけれど、私の体感は300秒くらいだっただろうか。
私はただただ、戸惑ったような笑顔をし続けた。
「行くな」という自分の直感に、何としてでも従いたかった。

話しかけて良いと社長が思った理由は「私が女子大生だから」

必死の願いが通じたのだろうか。サラリーマン3人組はたばこを吸いに席を立った。
ほっとした私が、咄嗟に残念がった目線を社長に向けると、社長は少しため息をついた後、こういった。
「なんで聞きに行かなかったの。人生において、こういうことって結構あるんだよ。今、行こうかなって方に若干動いていたから迷っていたでしょ。その迷っている間にサラリーマンは席を立っちゃった。その瞬間可能性が0の方に振り切れて、安心したでしょう。
でも完全に休憩しているあのサラリーマンたちが、女子大生に声をかけられて嫌なはずもない。断られたとしても、疲れていたとか、ただそれだけの話なんだよ」
私は耳を疑った。そして同時に、自分の「行くな」という直感が正しかったことを悟った。中年の男性サラリーマンに、女子大生ブランドを使って何かを頼むその構図が、生理的に私を止めたのだった。
サラリーマンに話しかけて良いと、社長が思った理由は「私が女子大生だから」だ。
「私が女子大生である」ということは、私が最も選択したくない武器だった。
それなのに、その武器を選ばなかったことを、「根性のなさ」「私があたかもこれからチャンスを逃す」かのように語られている。
本当にそうなのだろうか?私がこれまで磨いてきた他の武器は、「女子大生である」ということより断然弱いのだろうか?社長がこれまで誉めてくれていた、私の仕事ぶりは何の意味もなさないものだったのだろうか?
ただ一つ、あの状況に対して空気を読まなかったことだけが、今の自分を救っている。

「~だから」という思想を植え付けた社会全体が変わらないといけない

インターン先の社長の命令だと考えれば、言うことを聞かなければならないのかもしれなかった。融通の効く女子大生だったら、言うことを聞いたのかもしれなかった。それでも私は、絶対に聞きたくなかった。体感300秒を、耐えた。耐えて耐えて、社長の命令に従わなかった。
自分の直感が、「行くな」と言っていたから。
そうでもしないと、自分がこれまで積み上げてきたものの意味がなくなってしまいそうだったから。

もう一つだけ強調したいことは、普段どんなに良い人であっても、根底にある「女性ならば」の考えが刷り込まれているということだ。この社長は普段は特に悪い人では全くない。それはこの一瞬以外の時間で分かりきっていることだった。
言い換えれば、たとえ悪意がなかったとしても、ふと気をつけなければ、あるいは意識しなければ「女子だから」「男子だから」「若いから」などと言ってしまう思想を植え付けた社会全体が変わらないとならないのだと思う。

これから私は、社会人になる。ただ、同じようなことが起きた時に、同じようにわきまえないことはきっととても勇気がいることだろう。それでも自分が違うと思ったことに対してはわきまえないでいられる精神を、そしてそれを補完する武器を、磨き続けてゆきたい。