親は、ひとりの人間が生まれる過程で今のところ絶対に必要な存在だ。しかし、兄弟姉妹となるとどうだろう。
私には4歳離れた弟がいる。この世でただひとり、遺伝子の一番近いであろう人間。だけれど、私が存在するために必ずしも必要とはされない人間。
それは弟から見た私、姉の存在も同じで、お互いに生まれてくるために何の直接的関係も持たないのに、血の繋がりは一番強いのだ。

志望校E判定、彼女との別れ。悪いことは重なり打ちひしがれた

小さい頃は喧嘩ばかりしていた弟だが、歳をとるにつれ仲は変わった。性格はほぼ反対だが、それ故に話して心地よく感じることが増え、互いに相談に乗り合い、友人のようになっていった。
少しずつ打ち解けた姉弟の関係にすがったのは、2020年1月、私が今までで一番打ちひしがれていた時期だった。

当時私は高校3年の受験生で、センター試験を受けた。
私はいわゆる「真面目でできる子」だった。だが、試験本番で大事な国語と英語の点数が伸びず、第1志望校にE判定を叩き出してしまった。
私が今までしてきたことは一体何だったのか、全て無駄だったというのか。

初めての挫折で頭の中が重厚な虚無に占められているのにも関わらず、悪いことは他の悪いことを呼ぶものである。センター試験の採点の3日後、当時付き合っていた彼女が別れを切り出した。
彼女は黒髪と白い肌のコントラストが美しい女の子だった。性別関係なく人を好きになる私と恋愛がよくわからないという彼女では、付き合うなど絶望的な望みだったのに、思いが通じるという奇跡。しかし、好いてくれる気持ちは嬉しいけれど、やっぱりこの気持ちが恋とはわからないまま付き合うのは失礼だからと、勇気を振り絞って伝えてくれた彼女の手を、放さずにはいられなかった。

姉のプライドよりどろどろの心を受け止めてほしくて、弟に話しかける

振られたその夜、頼りの母親が仕事で家を空けていた。父も仕事でいなかった。
母は私の様子を見て心配していたが、仕事にはいかねばならない。夜が深まるとともに将来への不安、彼女への思いや悔いが膨らみ、限界などはとうに超えていた。実際、食欲がないためにその時点でいつもの体重から3㎏程減っていた。

家に残されたのは私と弟だけだった。姉としてのプライドより、どうか持て余すこのどろどろの心を少しだけでも受け止めてほしい、そんな気持ちが勝ってしまった。ゲームをしている弟に話しかける。
「ちょっと話聞いてもらいたいんやけど良い?」
「うん、いいよ」
「あのね、私、受験失敗したやん」
「うん」
「あとね、今日彼女に振られてん」
弟には彼女のことはおろか、女性でも好きになることも今までに言ったことはなかった。信頼する弟とはいえ、血の繋がった家族に否定されるのが怖かった。
しかし、話してしまったものはもう戻らない。堰を切ったように言葉があふれ、涙がこぼれた。弟は少し驚いたようだったが、静かに話を聞いていた。

「大丈夫、何とかなる」。弟の楽観的な言葉が、私を温かく包み込んだ

「大変やったね。でも、お姉ちゃんそれで死ぬわけじゃないやん。浪人して頑張りたいんやったらお父さんにちゃんと言ってみたら聞いてくれるかもしれんし、もっと良い人もおるかもしれんやん。大丈夫、何とかなるって」
何てのんきで楽観的な奴だろう。でも、その言葉は私を温かく包み込んだ。
「何とかなるかな……」
「何とかなるなる、お姉ちゃん大丈夫やって」
性格が反対で良かったとこれほどまでに感じた日はなかった。お喋りな私と寡黙な君、悲観的な私と楽観的な君。弟と私は互いにない物を持って生まれ、それ故に強くつながっていた。

弟が言った通り、本当に何とかなってしまった。
浪人を許された私は1年後に現役からの志望校に合格し、幸せなことに恋人もできた。
もしも弟の言葉がなければ、私は今この幸せを手にしていないだろう。実家に帰るたびに弟とお喋りするのは、学校がどうとか最近何かあったかとか、あれ以来深刻な話はしたことがない。
しかし私たち姉弟は、なんとまあくだらなくて、強く濃い関係を持つのだろう。