その日、私は高速バスの窓からスカイツリーを見て泣いていた。
大学をそこそこいい成績で卒業し、なんでもできると錯覚していた私は、なんの計画もなしに地方の公共施設に就職し、社会人になると共に東京を離れ一人暮らしをはじめた。
当時付き合っていた彼は、遠距離恋愛になることを気にしていたけど、会いに行くのが旅行みたいになるねと言ってくれた。
しかし、私ならどこでも誰とでも上手くやれるだろうという根拠のない自信はすぐになくなることになる。

「新人ぽくない」と言われ、「新人ぽく」することに努めた私はやがて…

「可愛げがないわよね、新人ぽくなくて」
比較的物事を早く理解できるという強みが、とある上司のその一言でなくなってしまったように思えた。
その日から私は通常の業務をこなすと同時に「新人ぽくいる」仕事を勝手にすることになってしまった。
答えがわかっていても上司より先に言わない。嫌味を言われても我慢する。はいはいと元気に返事をして、いつも不必要にへこへこしていた。
彼には、上手くいっていることをたくさん話し、「新人ぽくいる」ことも楽じゃないよ、なんて、しっかりこなしているように振る舞った。

そんなことを続けていると、いつしか普通のことができなくなっていった。
話が理解できない。会議では何も言えない。アイディアが浮かばない。メールの送付先は間違うし、電話では上手く話せない。「新人ぽくいる」ことが、知らない間に私を押しつぶし、すり減らしていった。
でも周りには友達もいないし、仕事も忙しく職場と家の往復の日々だった。
東京にいれば、さっと電車に乗って好きなものを食べに行ったり、映画を見に行ったり、友達に会って愚痴を言ったりできるけど、ここではそうはいかなかった。
彼には、もしかしたらもう無理かもしれない、とは言えずにいた。
自分で自分を追い込み、ついに限界になってしまった私は、だんだん眠れなくなり、だんだん食べれなくなった。そしてある日仕事が終わると、東京に向かう高速バスにほとんど何も持たずに飛び乗っていた。

限界になって帰ってきた東京。バスを降りると、彼が迎えにきてくれていた

それまで眠れなかった私は、バスに揺られるうちに自然と浅い眠りについてしまった。
気がつく時にはもう東京で、窓の外には不自然なくらい明るく光るスカイツリーがあった。東京に帰ってきた。
私はスカイツリーを見ながら泣いていた。

「もう無理かもしれない。私、帰ってきてもいいかな」
彼にようやく伝えられた。
新人ぽくいることを勝手に演じている反面、一番身近な人に頼ることができなくなっていた私が、ようやく伝えられた言葉だった。
バスを降りると彼が迎えにきてくれていた。
「一緒に帰ろう」
そう言うと、泣きながら歩く私を支えながら家に連れ帰ってくれた。

私はなんでもできると錯覚していたけど、実は気付かないところで彼が支えてくれていた。正しい考えや、正しい道に気付くように、私を導いてくれていた。その事に、一人になるまで気付かなかった。
上手く行っていない自分を見せたくない気持ちから頼れずにいた。
ようやく今までのことを彼に伝えると、彼は「戻ってきて、しばらくはうちに住んだらいいよ」と言ってくれた。
私は自分の仕事をきっちりと終わらせ、次の月には生まれ育った東京に戻った。

それから3年、彼が今どこで何をしているかはわからない。私は大好きな仕事に出会い、勝手に求められている人間を演じる事もやめた。そして、自分を支え、気にかけてくれている人達にしっかり感謝を伝えるようになった。
スカイツリーを見て泣くなんて事も、もちろんなくなった。