大学時代、初めての「就職活動」を行った。大学に入学してから早い段階で「就職」を意識して動いてきた。人気の「マスコミ業界」を志望していたからだ。
マスコミの採用は、他の業種よりも早くに開始されるため、スタートダッシュに乗り遅れないようにと必死だった。

3回生になってからは、大学のキャリアセンター主催の就職セミナーにほぼ全て参加し、「就職活動のいろは」を頭に叩きこんだ。また、就職セミナーの参加申し込みや、OBやOGの就職体験記の閲覧のため、ふらっとキャリアセンターに立ち寄る習慣ができた。

大手マスコミが第一志望。早いスタートに乗り遅れないよう必死だった

夏になり、就職活動に備えて、まずは興味のあるテレビ局の先輩社員の話を聞いたり、インターンシップなどに参加したいと思った。
しかし、私の大学からその局のOBやOGは輩出されていないため、訪問して生の声を聞くことはできない。そのため、個別会社説明会に参加して、その局の雰囲気を肌で感じ、本場の声を知る必要があると思っていた。
だが、人気の局だと会場に説明を聞きに行くにも、人数制限がかかる。局側は説明会に呼ぶ学生を選ぶ必要が出てくるため、説明会参加用の書類選考があった。

キャリアセンターの人に「マスコミが第一志望で、大手を狙いたい」と宣言するのは緊張したが、「無理だよ」とは言わずに、添削を快く引き受けてくれた。結果、大手2局の説明会及び先輩社員座談会に参加することができた。
その後、説明会で得た情報とホームページの情報などを基に、その2つの局の就職試験を受けることに決めた。

その時には既に、キャリアセンターの方数名に、私の名前と顔を覚えてもらっていた。本格的に就職活動が解禁になった3月以降、多忙になったキャリアセンターの方だが、間を縫って私の面倒を最後まで見てくれた。キャリアセンターの方の力添えがなかったら、書類審査を突破して、一次面接まで漕ぎ着けることは困難だった。

結果は一次面接で敗退。私のやりたいことは漠然としていた

一次面接では、超有名大学の学生と待ち時間に話したりしながら、面接を受けた。結果、一次面接で敗退だったが、一瞬でも彼らと同じ土俵に立ったことは奇跡に近く、キャリアセンターの方を頼ったから辿り着けた場所だとしみじみ思った。記念受験となったが、当時は後悔はなかった。
だが転職を考えている今、当時を振り返ると「マスコミに入って何がしたいのか」の具体的なプランがなかったのが一次面接敗退の原因だと分かった。

思い返すと、超有名大学出身の学生は「どの部署でこれがやりたい」という具体的なプランがあった。私はただ「マスコミに触れることで毎日が豊かになったり、気持ちが救われたから恩返しがしたい」と漠然と思っていただけだった。
一次面接前に、キャリアセンターの方に「この大学から、東京のテレビ局に内定する、第一号になって下さい」と激励を頂き、たくさん尽くしていただいたのに、申し訳ないことをしたと反省している。

転職を考えている今、キャリアセンターの恩人に再び相談したい

コロナ禍になり、映画やドラマを観る機会が増え、「やはり次の就職ではマスコミに入りたい」と再認識した。社会人経験や年齢を重ね、学生時代よりも具体的に夢やライフプランを組み立てることができるようになった。
大学時代は学費を払っていたとはいえ、親身になって進路を一生懸命考えてくれる人がそばにいた。環境や人に恵まれていた。
そして今、誰に添削してもらいたいかと考えた時、すぐに頭をよぎるのはキャリアセンターの方だ。幸い、最も親身になってくれた方とはまだ連絡がつく状態だ。

「転職を考えているので、今度相談に乗って頂けますか」と昨年連絡した際には「いつでも、未来の夢を聞かせて下さい」との返信が来た。まさに恩人である。
この縁を大切に、お言葉に甘えて私はまたこの恩人を切実に頼ることとなる。