人に頼るのは神経を使う。人と関わる度、私はつくづく思う。
「ノート貸して」
「ごめん、プリント見せて」
「ほんとに何でもする」
こうやって上手くやってのける人を見ていると、人に頼ることすら罪悪感を覚えることがあった。他人任せで生きたくないと強情を張っていたのもあるが、世渡り上手であることの難しさを十分に噛みしめていたのだと思う。
人に頼る前に、まずは自分でどうにかしよう。これが私のポリシーである。

カフェ好きの私には最高の職場のはずが、仕事を覚えるスピードが遅く

一昨年の3月、私はあるカフェのアルバイト募集に受かり、働くことになった。大学入学から1年が経ち、そろそろ長期でアルバイトを始めたいと思ったのが応募のきっかけだ。
何よりもカフェが大好きな私にとっては最高の職場だ、と確信に満ちていた。

しかし現実はそう甘くない。仕事を覚えるスピードが遅く、ミスをして周りに迷惑をかけてしまう。私と同時期に入った一個上の先輩は何事も器用にこなせる人で、周囲からかけられる期待の違いは手に取るように分かった。
先輩が新しい仕事を習う。独り立ちをする。また別の新しい仕事を習う。
このタイミングで、私はひとつ前の「新しい仕事」にようやく追いつく。追いかけても追いかけても埋まらない差は、常に感じていた。

その状況を見兼ねてか、私は朝の開店作業のシフトに入ることを打診された。勤務開始から10ヶ月後、年が明けた1月のことである。
いくつかある閉店作業のポジションのうち、まだ1つしか完璧に行えていなかったことが要因だろう。片付けはスピードが求められるけど、朝は商品の陳列があって丁寧さが大事になるから向いていると思う、という打診理由まで頂戴した。
とはいえ、まずは何でもやってみるが私のモットーなので、朝の開店作業を引き受けることにした。しかし、これが私にとって最も困難な業務だったのだ。

責任がある開店作業。頑張っているのに出来ない自分に限界を感じた

閉店作業は一人ひとつのポジションに集中して行う。それに対して朝の開店作業は、全作業を二人で分担しなければならない。アルバイターが出来る仕事範囲は限られている分、任された仕事が完璧に出来ないと朝の店舗運営に支障をきたす。
責任のある仕事で、これまで抱えてきたプレッシャーより遥かに大きい。何としてでも、いち早く仕事を覚えて、ミスを0にしなければならない。
これまでの振り返りでは足りないと感じ、些細なミスさえ見逃さないよう、シフト終了後に一日の業務内容とその反省を全て書き出した。

「無理してない?」
無理ではなく、遅れを取り戻すために必要なことなのです。
「一人で抱え込んでしまってない?」
いえ、人よりも出来が悪いので人一倍努力しなきゃいけないんです。
出来て当たり前なことが出来ない私にとって、一日の反省点をノートに書くことは義務だと思っていた。だからこそ、このような言葉も、思いも、口に出すことは到底できなかった。
「これだけ頑張ってるのになぜできないんだろう」。これを思うことすら、悲劇のヒロインぶって逃げているようで、嫌気が差した。

もう限界だった。毎朝震える手でメモに書いてあるカフェのメニューをなぞり、お店へ向かう日々。そしてあまりの仕事の出来なさに、「やる気ないよね?」と怒られた日。
私は何のために、なぜ努力しているのか分からなくなってしまった。
10分の休憩をもらって下がると、ある一人の先輩がこれから出勤するところだった。私は先輩に縋るように「もう無理そうです、今のままで続けられる自信がありません」と初めて本音を漏らした。

相談して気づいたレッテル。ようやく私も春を迎える準備が整った

「相談してくれてありがとうね」
その一言目は、予期もしない言葉だった。あまり人に頼って相談することがないので、相談後の返答は大体気遣いから生まれる励ましか、複雑な表情で告げる「そんなことないよ」だと思っていた。
しかしこの先輩は違った。私のことを真正面から見て、信頼してくれていた。
やる作業に倍の時間がかかった時、怒りたい気持ちを堪えて冷静に注意と指示をくれたこと。私以外誰も見なくなった振り返りノートにコメントをくれたこと。新しく出来るようになったことに気づき、褒めてくれたこと。
この先輩だからこそ、私は切実に頼ることができたのだ。

今振り返れば、ミスした時に周囲がかけてくれた「できないって思うから不安になるんだよ。視野が狭くなってしまう」という言葉は正解だったと思う。
でも、信じられなかった。それは失敗してくよくよする私への苦言だと思っていたから。
先輩に相談してようやく、「やっても出来ない」と自らレッテルを貼っていたことに気づいた。

覚えたはずのレシピが飛んで呆然とする私はいずこ、堂々とカウンターに立って接客を行うことができるようになった。夜に比べ、お客様一人ひとりと向き合う時間が多いのが朝の特徴だ。心に余裕を持てることで、さらにお客様とコミュニケーションを取ることが増えた。
「寒いですね」の一言からいつの間にか、「もうすぐ桜が咲きますね」「そういえば、あの場所では咲き始めたらしいですよ」「今年は見に行けますかね」などと話が弾んでいることに気づく。
ようやく、私も春を迎える準備が整ったのだ。