おじいちゃんが死んじゃった。
あの子から連絡が来なくなった。
身内の不倫を聞かされた。
その日は友達と映画を見て、帰りはわざと歩いて帰った。あの子から連絡がパタリと来なくなったことで、不安で死にそうだったから、それを紛らわそうとコンビニで缶チューハイを買って歩き酒をしたかった。
別の友達と通話を繋ぎながら、笑って酔うことで、きっとこのあと私を猛烈に襲ってくるであろう喪失感をあやふやにしたかった。まだ家に帰りたくなくて公園のベンチに座ったときにスマホの充電が切れて、友達の声がしなくなった。
不安を抱えていたその日、深夜2時に「訃報」は届いた
空っぽになった缶をくしゃっとしてカバンに入れた。よくわからなかったけど、それはとても私みたいで泣いてしまいそうだった。いや、ここで泣いたらきっとダメだ。目をぎゅっとして、家に帰った。
ぼーっとしながらお風呂に入ってドライヤーをし終わった夜の2時くらいだったかな。リビングに置きっぱなしのお父さんのスマホが、こんな時間に鳴った。そして鳴り止まない。
なんだろ、私は何も考えずにお父さんのスマホを手にした。表示されたラインの通知に瞬きの仕方を忘れた。
『お兄ちゃん、お父さんが今、息を引き取りました』
お父さんの妹からのラインだった。
「え……」
どうしよう。どうしよう。どうしよう。おじいちゃんが死んじゃった。
私のお父さんは今、二階の寝室で寝ている。物心ついてから身内が死ぬことが私は初めてで、理解できないというか、動揺してしまっていた。
「え……どうしよう。とりあえずお父さんを起こさなきゃ……」
スマホを握って二階に行こうとした私に別の考えがよぎった。
今、お父さんを起こしてこのラインを見せたら、夢から覚めて現実を見せることになる。でも今言わなかったら明日の朝までは夢を見ていられる。今私がお父さんに言ったら、私がその夢を覚ましたことになる。
そう思うと怖くて、何が正解か、さっきまでお酒を飲んでいた私の頭では混乱するばっかりだった。
「お水……」
とりあえずキッチンでコップ一杯の水を飲んだ。脳内が少しだけ片付いた。
「起こして言わなくちゃ」
そうだ。私がお酒を飲んでダラダラしてたから夜遅くまでリビングで起きてたこと、スマホの通知音に気づけたこと、これは全部おじいちゃんの死に気づくためなんだ。お父さんに言うためなんだ。
お父さんを病院に送り出した。あの子へ送ったメッセージに反応はなかった
「お父さん」
寝室の電気をつけて眩しそうなお父さん、その横でびっくりするお母さんをよそに私はスマホの画面だけ見せた。そうすると、お父さんは無言で起き上がって、着替える準備をした。
とりあえず私は一階のリビングに戻り、お父さんが降りてくるのを待った。お父さんが動揺しておかしくならないかが怖かった。降りてきたお父さんはリビングの机に座って話し始めた。
「今から病院に行ってくる」
この状態でお父さんが車を運転することが怖かった。きっとこういう時に私が運転できたなら良かったのにと今になって思う。
そのあとお父さんが、おじいちゃんは最近ずっと体調が良くなくて入院してたこと、最近お見舞いに行ったばっかりだったから元気な顔は見れてること、私に対しては「起こしてくれてありがとう」と話してくれた。
私は元々お父さんとたくさん話す方じゃないし、お父さんも無口な方だった。でもその時は、今はもうはっきりとは覚えてないが、明らかに饒舌になって話をしたのを覚えている。
「絶対帰ってきてね」
と玄関まで見送った。そこから私は一気に肩の力が抜けた。
「人って……死ぬんだ」
怖かった。初めてだった。そのくらい私にとって身内の死は、経験したことないものだった。
夜3時、お母さんも眠りに戻って私はまたリビングで1人になった。
私はラインを開いていた。既読のつかないあの子とのライン。今すぐにあの子の声が聞きたかった。
『おじいちゃんが死んじゃった助けて』って送った。本当はいつもみたいに怠そうに電話に出て欲しかった。その後も既読がつくことはなかったけど。
これで終わりではなかった。なぜこのバッドタイミングに新事実が
私の親友にもラインを送った。私は一人でこの夜を過ごすなんて無理だった。お母さんに甘えられる子だったら良かったな。一人でうずくまっていると、
『ずっと起きてるから、いつでも電話して』
親友の一人からラインが来てることに気づいた。私はすぐに電話した。だけど電話が繋がっても3分くらいは何も話せなかった。私は今何が辛いかがわからなかった。
おじいちゃんが死んじゃったのはもちろん辛い、人は死ぬってことを知っちゃったのも辛い、あの子から連絡が来なくなったのもずっと辛い、ねえどうして辛いことばっかなの、涙が止まらなくなった。
親友は、うんうん、辛かったね、と優しく言い続けてくれた。
電話を終えて倒れるように寝て起きると、お父さんは無事に家に戻っていて、今から一緒におじいちゃんにお線香をあげに行こうとなった。枯渇した身体で私はどうにか車に乗った。
全て終えて家に戻ると、今度はお母さんのスマホに電話がかかってきた。電話を終えたお母さんが、気持ち悪いものを見ている時のような顔をして私に話してきた。
「お母さんのね、妹がね不倫してるんだって」
タイミングが悪いどころの騒ぎじゃなかった。もう意味がわからなかった。
そもそも叔母さんが不倫して揉めてるなんて今言われても頭に入らないし、関係ない。しかもお母さんはそれをお父さんに言わないから、私は抱えるしかない。擦り切れてる私でもどうにかお母さんには元気でいてほしいから、頑張って励ましたし、元気に振る舞った。
あと少しで壊れます。心を保つのに親友がしてくれたこと
でも、もう限界だった。このままだと私が壊れる。疲弊した空気で澱む家にいたくなくて、私は大学に行った。昨日連絡した別の親友と会うことになった。
「どうして私ばっかり辛いの……」
空き教室で泣きながら全部ぶちまけた。親友は辛かったねと抱きしめてくれた。気づいたら親友も泣いていた。抱きしめられたことで、私はあと少しで壊れそうだった心を保つことができた。
私はあの時どれだけ辛かったのか、それはもう言い表せないほど辛かった。でも、どれだけ親友に助けてもらったか、そのことも言い表せないほど救われた。
一人で押しつぶされそうな闇の夜、共に夜を過ごしてくれた親友、真昼の下で地獄を纏う私を抱きしめてくれた親友、そしてその後も今もずっと支えてくれる親友たちへ、本当にありがとう。そんな親友たちへ、ちょっと強くなった私は愛を返していこうと思う。