970円。私が昔バイトをしていた店の時給である。
たかが970円。されど970円。

当時の私がバイトを始めた理由。それはお金のためだった。
推しに貢ぐため。それから大学に進学するにあたって交通費や食費や教材費などが必要だったため。
何をするにもお金が必要だった。当時は資格を取るために学校も週5で通っていたから、放課後と土日祝日のうちの何日か働いてひと月で約5万。夏休みなどの長期休暇に入ると多い月で11万稼いだ。

でも、貯金はたまるどころか減っていくばかり。学校は家から離れていたから定期代は月1万円を超えていたし、食費や教材費でさらに減る。周りに合わせるなら服だってそれなりに見えるものを買わなきゃいけない。
そうなると手元に残る自由なお金は1万ちょっと。そこから推しのグッズを買ったりしたらほとんど残らない。

ただ毎日を淡々と流れにそって無心で過ごす日々に突然起きた大事件

バイトを辞めたくなったことは何度もあった。でもやめることは出来なかった。なぜなら時間もお金もなかったからだ。
授業は常に単位の上限ギリギリで詰め詰めに入っていたし、授業がない時間も常に予習や課題に追われる。でもバイトをしなければお金が足りない。
だから放課後はバイトの時間にあてる必要があった。平日は朝から学校、放課後はバイト。

バイトを終え、家に帰ってくる頃には23時近く。それから晩御飯を食べ、風呂に入り、予習を済ませる頃には2時をまわっている。でも次の日は6時に起きなければならない。それに疲れで眠くて、それ以上は起きていられなかった。毎日のようにアプリを開いたままのスマホを片手に眠りに落ちる。

土曜日はバイト、祝日もバイト。休みといえば日曜日くらい。週6で1日中動き回り、日曜日は泥のように眠る。他のことを考える余裕もほとんどなく、ただ毎日を淡々と流れにそって無心で過ごすようになっていた。

そんな生活を続けて約2年が経った頃、ある大事件が起きた。当時の推しがいたゲームのサービス終了が決まったのだった。

推しに会えなくなることが決まり、働いている意味が分からなくなった

ゲームのサービス終了。それは私にとってその年一番の大事件であった。
推しの物語が終わってしまう。推しに会えなくなってしまう。ゲームのサービス終了を告げるお知らせの画面を見た瞬間、私の頭の中は真っ白になっていた。でもバイトの時間はやってくる。
「いらっしゃいませ〜」といつものようにお客様に笑顔を振りまく。でも頭の片隅には常にサービス終了のお知らせがつきまとう。お客様の列が途切れたとき、ふと思った。
私、何のために働いているんだろう。

そう思った瞬間に凄まじいほどの虚無感に襲われた。
最後にゲームをしたのはいつだっただろう。推しのためにお金を稼いでいたはずなのに、いつのまにかお金を稼ぐために時間を注ぎ込みすぎて、あんなに大好きだった推しのゲームをする時間すらほとんどなくなっていたことに気づいた。バイトを終えた後の帰り道、私の頭の中を様々な疑問が巡った。

お金は確かに必要。でも、今したい事が出来ないくらいまで自分の自由や時間を奪ってまで必要なものなのかな。
当たり前の生活すぎて今まで考えたこともなかった。週6で動きまわり続けるのが当たり前だった毎日。自由のない毎日。手元にお金はある。でももう推しに会うための時間は限られている。
時間がない。お金はある。でももう時間はない……。

納得いくフィナーレを迎えた後に残ったのは、今とお金に対する疑問

サービス終了までは1ヶ月くらいあったと思う。幸いなことにその時期は学校もそんなに忙しくなかったので、少しバイトを減らせば十分に推しのゲームで遊ぶ時間はあった。サービス終了に合わせて準備を重ね、自分でも納得のいくフィナーレを迎えたあと、私の中ではあの疑問だけが残っていた。
「お金は確かに必要。でも、今したい事が出来ないくらいまで自分の自由や時間を奪ってまで必要なものなのかな」

体は常にクタクタ、バイト先の先輩のうちの一人との友好関係が今まで以上に悪化し、パワハラが激化していたのもあったと思う。
ある日、先輩からネチネチと小言を受けている時、私は考えた。

時給970円。真面目に接客してても970円。手を抜いて接客しても970円。
先輩がこうして私で鬱憤を晴らしている時間も970円。
何をしていようが、ここにいる間は970円。
どれだけ自分の自由を潰してまで頑張っても970円。
ねえ、ここにいる時間に970円以上の価値ってある?

そう思った瞬間、全てがバカバカしくなってしまった。私はただのバイト。社員と違ってどれだけ真面目に頑張ったって賃金が上がるわけでもない。お金は確かに必要だ。でもお金で時間と自由は買えない。

お金よりも余裕を取って気付いた、時間と自由はお金で買えないこと

私はそれからすぐにそのバイトを辞めた。そのあとは月にいくらお金が必要かを逆算して、必要なお金だけを別のバイトで稼ぐようになった。あの頃よりもお金に余裕はないけれど、その分、時間と心に余裕が出来るようになった。

衣食住、何にでもお金はかかる。でもあの時のように、お金で自分の自由まで食い潰すような生活だけはしたくないなと今でも思っている。
お金は生きていくために必要なもの。お金で買えるものはお金で買える。でも、時間と自由はお金では買えない。これからもそれは忘れずにいたい。