「私が我が運命の支配者 私が我が魂の指揮官」
これは詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩「インビクタス」からの一節で、アパルトヘイトを撤廃した南アフリカの元大統領ネルソン・マンデラは約27年に渡る獄中生活で、この一節を心の支えにしていたらしい。

映画で知ったこの一節を思い出したのは、2013年にネルソン・マンデラの訃報を聞いた時だった。
その当時、まだ高校2年生だった私は「運命なんて自分でコントロールできないから運命なんでしょ」「自分の人生は自分のものなんて当たり前じゃない」としか思わなかった。

苦しいこと、向き合うことから逃げていたとき、1冊の本に出合った

高校3年生の私は、それまでとは一転して苦しい日々を送っていた。
進路選択が近づき自分の人生を選び取ろうとするのに、周囲の声に縛られて、それがいつしか呪いとなり私を縛っていたからだった。

両親が私を愛しているからこその願い、学校の先生が生徒を想うからこその指導、社会から発せられる「こうあるべき」という圧力等、私の人生は私自身ではなく他人からの評価や圧力によって形作られようとしていた。つまり私は私の魂の指揮官ではなかったのだ。

また、私を縛ってくる呪いそのものだけでなく、呪いに反発して周囲の大人とぶつかることや、呪いを解くことによって起きるであろう変化への恐怖で毎日が苦しかった。

ところが呪いを解こうとして色々試みてみるものの、解き方は全く分からず、自分自身の運命を支配し、自分自身の魂の指揮官となり、自分自身の人生を歩んでいくことの難しさを知った。

更に加えると、私にかかった呪いは昔風に言えば王子様のキスで、今風に言えば理解ある彼君の力で解かれるものだと心のどこかで思っていた。自らの手で呪いを解く気など毛頭なかったのだ。
私は苦しいこと、向き合うことから逃げていた。

呪いに悩み苦しみながらも、呪いを解く姿に受けた影響

そんな折、『少女たちの解呪』と銘打たれた書評を目にし、購入したのが柚木麻子の「本屋さんのダイアナ」だった。

この物語は正反対だけれども、共に大好きな本で繋がっているダイアナと彩子が互いが互いを理想としながら、様々な困難や「女だから」「母子家庭だから」などといった呪いにぶつかり悩み苦しみながらも呪いを解いて、少女から大人へと成長していく過程を描く。

ダイアナと彩子が呪いを解き成長する姿を目の当たりにしたことで、私にかかった呪いを解けるのも、自らの運命や人生を切り開くのも、私の心を守れるのも、たった一人の私自身であることに気がつくことができた。

その日から私は、自分自身に内包されている苦しさや辛さと向き合い始めた。

勇気をくれた本の呪文のおかげで、私はついに「私の魂の指揮官」に

あれから8年近くが過ぎ、17歳だった私は25歳になった。
苦しいことや辛いことは沢山あったけれど、逞しく人生を切り開いたダイアナと彩子のように「誰が何を言ったから」ではなく、「私がこう考えるから」「私がこうしたいから」を根拠に自ら決断を下すことができるようになった。

今は長年の夢を掴むため、大学生として勉強を続けている。コロナ禍で伸ばしてしまったけれど、大学院にも進学する予定だ。
高校生の私なら「そんな生き方は普通じゃない、おかしい」「22歳くらいまでに就職し社会人になるのが当たり前」という周囲の圧力に負けて夢を諦めていただろう。
でも今は私の運命の支配者である私自身の支配で人生を逞しく切り開き、自分の人生を生きている。私は遂に私の魂の指揮官になれたのだ。

最初の一歩を踏み出すのはとても怖い。けれども、一歩踏み出さなければ何も変わらない。その一歩を踏み出す勇気を私にくれた一冊は紛れもなく「本屋さんのダイアナ」だった。そして、作中に度々登場する絵本「秘密の森のダイアナ」の呪文は私にとっての「インビクタス」として人生のあらゆる場面で心の支えになるだろう。

『なんびとたりとも、このダイアナを縛ることはできない。私に命令できるのは、この世界で私一人だけ……。私だけが私のすすむべき道をしめすことができる……』