恋愛至上主義な私には何より楽しいヴァレンタインだけど

初彼氏〜と周りにいいながら、両想いになった男の子と幼稚園の園庭を"でーと"と称して手を繋いで歩き、小さな小屋の陰でほっぺにキスしたのが幼稚園の年中さん。
好きな人にはとにかく話しかけて、手紙のやり取りをしたり、家電の時代にもかかわらず、お互いの家に電話をしあっていた小学生時代。

社会主義?資本主義?いえいえ恋愛至上主義です♡と今でも真面目に言えちゃうような私にとって、大手をふるって好きな子にアピールできて、世の中にハートの箱や袋などの可愛いものや、美味しそうなお菓子やチョコレートが並ぶヴァレンタインの時期が楽しくないわけがなく、小さな頃は母親に一緒にお菓子を選んでもらったり、父親にあげるお菓子を一緒に作る時間が大好きだった。

そんな私にも、後悔の残る苦い思い出の年がある。

いじめが落ち着いたタイミングで用意したクッキーとマフィン

私は中学1年生の時にクラス内でいじめにあっていた。
と言ってもひどかったのは12月くらいまでで、冬休みが終わって3学期に入ると、周りも特に私をいじめる必要性も面白さもなくなってきたのか、段々と主犯格の子以外は嫌がらせをしてくることもなくなった。

この落ち着いてきた周りの空気を逃さないため、ヴァレンタインに渡す、クラスの女の子大多数分のクッキーを用意した。
それと一緒に、私がいじめられていた期間も、全く周りに流されることなく、優しく接してくれて、たくさん話をしてくれた男の子にだけ特別に、チョコチップのマフィンを用意していた。

2月14日当日になって、クラスの女子の1人に、おそるおそるクッキーを渡した。まだ完全にいじめの空気感がなくなったわけではなく、主犯格が怖くて受け取ってもらえないのでは、と内心思っていたが、その子はとても嬉しそうに受け取ってくれ、心底安心した。

一人、二人、三人と渡していったが、誰一人として拒否する子はおらず、みんな嬉しそうに受け取っていった。
それを見た他の子が、私も欲しい!と言ったり、見られているのにあげないのも気が引けて、あげるつもりがなかった子にも渡してしまい、多めに用意したつもりがほとんどのクッキーがなくなった。

結局、いじめの主犯格の一人と、入学してすぐの数ヶ月間、同じグループでずっと一緒に行動していたが、私がいじめられ始めてすぐ、口をきいてくれなくなった二人の、合計三人を除くクラスの女子全員にクッキーを渡す結果となった(この三人に渡さなかったのは、私の中のひそかな抵抗とプライドだった)。

肝心の男の子にだけ渡せなかったマフィン。時間は過ぎて…

なのに肝心の男の子にだけ、渡せずにいた。
いじめの空気感だって感じ取っていただろうに、ずっと気軽に話しかけてくれた彼。
その子がクラスにいてくれたおかげて、何とか登校し続けられた、唯一の救いと言っても良いほどの存在。
タイミングがなかったわけでもないのに、どうしても渡せなかった。

心の中で、この子に渡している瞬間を女の子たちに見られたら、またいじめられるようになるんじゃないか、という怖さが、彼に気持ちと感謝を伝えて渡したいという思いより強かったのだ。

スクールバックの中に入った、白地にピンクのハートがいくつか描かれた紙袋に入った、丁寧にラッピングされたマフィンを何度も横目で見ながら、貼り付けた笑顔を女の子たちに向けている間に、時間は過ぎていった。
可愛い紙袋に入ったマフィンは、最後までスクールバックから出ることなく、放課後になってしまった。

家について部屋に入ると、涙が滲んだ。
「こんなものか」と思った。クラスの女子たちへも、自分に対しても。
1日しかない大事なヴァレンタインという日を、好きでもないクラスメイト達に無理に笑い続けた日で終わらせたことに、虚しくなった。

クラスメイト達にあげていた時は、確かに安心できて私にとっても、嬉しい時間だった。
だけれど、一番考えて用意をして、一番好きで、一番渡したかった相手にあげられなかった自分にがっかりした。

自分の部屋でスクールバックから可愛くラッピングしたマフィンを取り出した途端、涙が溢れてきて、声を殺して泣きながらひっそりと自分で食べた。

心残りなあの日。今なら優先順位も分かるけれど

そのあと何日も渡せなかったことを後悔した。十年近く経った今でも渡せなかったあの日を思い出せてしまう。

今だったら、女の子たちへ友チョコとも言えない、賄賂のようなものをあげるより、自分が本当にあげたい相手だけに渡すことを選ぶだろう。自分にとっての優先順位も分かるし、それができる強さもあるから。
でもあの頃の私は違った。

そんな思い出があるから、数年後に中学生だった妹が彼氏にヴァレンタインのお菓子をあげたいと相談してきたときには狂喜した。
好きな人にヴァレンタインにお菓子をあげられるなんて、そんな素晴らしいことはないよ!と。

あの頃と同じ、チョコチップのマフィンを妹と作った。
学校に持っていって怒られたり、渡せなかったりしないように(実は中学校へのお菓子持ち込みは禁止されていた。まぁ時効ということにして欲しい……)、必ず学校の外であげるよう念を押し、無事渡せた妹を見て、私も報われたような気がした。

さて、今日は2月12日。日ごろの感謝と、好きという気持ちを込めて、今年も渡したい人がいる。なのにまだ何を作るか決まらない。どうしよう……。