この恋は、大人じゃないからこそできたのかもしれない。もしくは、大人であれば切り捨てていた恋なのかもしれない。
それが本当かどうかは、大人になってみないと分からない。
都合の良い社会人の彼は、いつしか「気になる大人」へと変化した
大学3年の冬。就活をする傍ら、私はマッチングアプリを楽しんでいた。それも「就活を手伝ってくれる人が欲しい」なんていう、とっても不純な動機で。興味のある業界や職種に就いている人には、反射的に“いいね”を返していった。
そこで繋がったうちの一人が、彼だった。
私より6歳年上で、会社の人事をする社会人。就活生の私にとっては、とんでもない優良物件だった。
ES添削は好きなだけしてもらえるし、夜中でも電話で面接の愚痴をきいてくれる。ねっとりと甘い声で「頑張ったね」と慰めてくれる。仕事が忙しいはずなのに、彼はまるで、“大人の余裕”を具現化させたかのような人だった。
いつも強がってばかりの自分も、彼の前では甘えん坊になれた。さらには、自分について全然話そうとしない部分にミステリアスさを感じるようにまでなった。
「都合の良い社会人」でしかなかった人が、いつの間にか「気になる大人」へと変化していく……その過程で、心の中に何かが芽生えていくのを感じた。
大学4年の春。就活で心がボロボロになっていた頃、はじめて彼と会うことになった。
ランチをご馳走になった後、私は面接練習のために彼の自宅を訪問した。
面接官役の彼と就活生の私は、しばらく模擬面接をしていた。が、そう長くは続かなかった。
彼の大人の余裕を感じた日。このままだと私は子どものままだと思った
気がつけば、2人してベッドの上で裸になっていた。
自分が就活生であるが故の背徳感。「嫌なことを全部忘れるぐらいどうにかされたい」欲望。いろんな感情がごちゃごちゃに混じり合う中で、私は彼と唇を重ねた。愛しい気持ちが爆発して、もっと彼のことが欲しくなった。けれど、その先に進むことはできなかった。
「幼い私の甘えた気持ちを利用して、身体を重ねたいだけなんじゃないか」
ふとよぎった考えのせいで、相手に恋心を抱く自分が恥ずかしくなったからだ。自分のことをどう思っているのか、今更気になり出してしまったのである。
数日後に「なぜ私に会いたいの?」と純粋に尋ねてみることにした。が、「そんなの俺の自由だろ」と呆気なくはぐらかされた。
何か言い返したい気持ちもあったけれど、私は「そっかそっか」と分かったふりをした。
優雅に一人暮らしができる経済力、精神的余裕、6年分の経験値。彼と比べたら、どの部分をとっても自分は子供。子供が大人の事情をしつこく知ろうとしても、ますます子供扱いされるだけだと思い、変に大人ぶることしかできなかった。
大学4年の秋。就活も無事終えて、久々に会うことになった。
「このまま彼と繋がっていたら、子供の自分から永遠に卒業できないのではないか」。そう考えて、彼と縁を切ることにした。
就活を支えてくれたことに感謝を伝えたのち、「今日で会うのを最後にしよう」と自分から別れを切り出すことができた。
これで清々できた……と思ったものの、気持ちは全くスッキリしなかった。別れ際に胸がぎゅっと締め付けられて、帰りの電車では涙が止まらなかった。強い大人になるための第一歩は、まだ踏める状態にもなかった。
期待しつつ彼の様子をうかがうと、返ってきた言葉にとどめをさされた
大学4年の冬。数か月が経っても、彼への気持ちは顕在だった。
「さようなら」と自分から突き放したくせに、耐え切れず連絡をしてしまった。
今ならまだ間に合うかな……なんて期待しつつ、「最近どう?」と様子を伺った。しかし、淡い期待はいとも簡単に裏切られた。
「最近、彼女ができたんだ」
相手は、同じ会社で働く同期の女性らしい。
クリスマスの夜を過ごした報告までされて、私の心はもうボロボロ。
そこで最後にくらった“とどめ”が、これだ。
「彼女も可愛いけれど、君ともヤりたいなと思ってるよ。気が向いたら俺の家に来てよ。俺の気が変わる前に、だけど」
どんな言葉を返すべきか、自分の心に聞いてみても応答はなかった。
自分の尊厳が無視されたことに怒りたい、大人の惨めな気持ち。自分が少しでも必要とされていたい、子供の健気な気持ち。その“惨め”と“健気”のちょうど中間に立たされたような気分だった。
そこで私は初めて、「ああ、早く大人になりたい」と本気で思った。
自立した美しい大人の女性になって、“惨め”と“健気”の境界線をハッキリさせたい。そして、彼に対する気持ちに踏ん切りをつけたくなったからである。
もうあと2ヶ月弱で、私も社会人。一人暮らしに資格勉強、脱毛やメイクの特訓…まだまだあるけれど、今の私は大人になるためなら努力を惜しまない。
待っていなさい。早くあなたに追いつき、あなたを追い越してやるんだから。