小学校でおなじクラスだった、Yくん。

お久しぶりです。一年生から二年生まで、あなたにバレンタインチョコを渡していた、はやしです。

あなたはクラス全員にからかわれながらも、好きでもない私のチョコを受け取ってくれました。

お菓子は学校に持っていけないから、自宅まで押しかけて。さらにあなたも、わざわざ私の家までお返しを持ってきてくれましたね。

幼い日のこととはいえ、「大変に申し訳ないことをしたなぁ」といまだに反省しております。

そしてもうひとつ、あなたに謝りたいことがあるのです。

幼稚園の頃から、「好きな男の子」を訊かれるのが不思議だった

私があなたにチョコを渡していたのは、「好きな人はいるの?」と尋ねられ、「Yくん」と言ったからです。

幼稚園の頃から「好きな男の子はいるの?」と、大人に訊かれました。幼稚園や習いごとの先生、父や母、祖父母。しかし私は、小学校に行くまで「好きな男の子」というのが、恋愛対象として見ている男の子だとわかっていませんでした。

そのため「どうして、好きな男の子を訊くのだろう? 好きな女の子は、いつも遊んでいるから知っているのかな」と考えながら、適当に席の近い男の子や、なんとなく頭に浮かんだ男の子を上げていました。

そして私から答えを聞いた大人は、「あら、そう」となんだかニヤニヤします。だから私は、「大人は好きな男の子を教えると、うれしいものなんだ」と思い、「好きな男の子なんていないよ」という友だちに対し「もったいないなぁ」などと考えていました。

そんな私は、小学校の入学式で、初恋の人と出会うのです。

初恋の人から飛び出した「好きな人いる?」という質問

初恋の人というのは、斜め前の席に座っていたMくんです。

彼は格別かっこいいわけでも、勉強やスポーツができるわけでもありませんでしたが、初恋に理由はいらなかったようで。その日から毎日彼のことを考え、黒板を見ようとして彼の姿が目に入っては、うっとりしていました。

それから数か月。幾度かの席替えを経て、私はMくんの隣の席になりました。ドキドキしながらも、今まで以上におしゃべりできるのがうれしかったこと。そんな他愛のないおしゃべりから、私がずっとつきあってきた、あの質問が飛び出しました。

「はやしは、好きな人いるの?」

それは大人がする話のように、相手への恋愛感情や、ぶしつけに詮索する気持ちではなかったのでしょう。「好きな人いる?」という質問は、男女問わず話題のひとつとして飛び交っていたものでした。

ここで私は「今まで訊かれていた『好きな男の子』というのは、恋をしている人のことか。そして私にとっては、Mくんなんだ」と悟りました。

カミングアウトする勇気も、「いないよ」というアイデアもない私は、「Yくんだよ」と言いました。

噂は十八人のクラスにすぐ広がり、クラス替えもなかったため、あなたと私は長い間、からかわれることになります。

そう。私、あなたのこと、好きじゃなかったんです。

周囲にそそのかされて渡した、世界で最も変なバレンタインチョコ

とっさに出した答えが、なぜYくんだったか。

Mくんに好きな人を訊かれたとき、思い出した光景がありました。例のごとく、祖母に「好きな男の子はできたの?」と尋ねられ、入学式で隣に座っていたあなたを思い出し、「Yくんっていう子」と答えた光景です。

バレンタインがやってくると、「Yくんにチョコはあげるの?」と、友だちや母に訊かれました。「あげないと変なのかな」と勘違いした私は、世界で最も変なバレンタインチョコを、あなたに二回もあげてしまいました。

二回あげたところで、あなたが本当に嫌そうな顔をしていることに、私はいよいよ耐えられなくなります。「もうYくんあきらめる」そう言ったことで、騒動は終わりました。

Yくん。あなたには、本当につらい思いをさせてしまいました。小学校やバレンタインの思い出が、こんな狂った女とセットになっていたら、本当にごめんなさい。

だけど私、自分がすべて悪かったとも言えないんじゃないか、なんて思っています。だって「好きな男の子」がどんな人かすらも、知らないくらいに幼かったんだから。

Yくん。私は「好きな人いるの?」って、やたらに訊かない社会にしたいと考えています。償いになるかわからないけれど、あなたが私を思い出さないようにはなるでしょうか。

ちなみにMくんは、三年生の終わりで引っ越すことになり、最後くらいはバレンタインチョコをあげたいと思ったけれど、勇気が出せずに渡せませんでした。

Yくんは中学受験をして、卒業後どうしているのかわかりません。