あの子は今どうしてるんだろう。
ときどき考えることがある。

その子とは、大学1年生の学科オリエンテーションで仲良くなった。
座った席が近かったとか、話したきっかけは多分そんな感じ。
芸術系の学科で、将来声優になることを目指している。
お互いに地方からの上京組で、不安の多い東京暮らし。
共通点の多さから仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

演劇の道を一緒に歩んでいた彼女。しかし、だんだん距離が離れていった

似通った気質の私達は大学生活の最初の1年、四六時中一緒にいた。
多くは授業の課題やテスト勉強に頭を悩ませた時間だったが、その合間合間に他愛のない話をした。中でも彼女の恋の悩みは沢山聞いた。
片親で歳の離れた兄がいる彼女は、自立志向が強い割に甘えたがりで惚れっぽかった。毎度毎度脈のない恋をして、それが実らぬまま失意に沈む。
当時、私が知っているだけで3人は彼女の恋の悩みを聞いてきた。

そんな関係に歪みが生じたのはいつ頃だっただろうか。
明確に何かがあったわけではない。
例えば、私がうまく馴染めず幽霊になった演劇サークルで彼女が公演のキャストに選ばれたとか、自称サバサバ系の割にいやに媚びた態度をするのが鼻につく、とか。
今考えればなんてことはない、些細なことの積み重ねが私を彼女から遠ざけた。
面と向かって彼女に「あなたのことが苦手だ」と言ったことはない。
みんなが進路を定めてゆく中、唯々ぼんやりと毎日を送っていた自分へのモヤモヤと、私なんかよりよっぽど可愛くて才能もあるように見えていた彼女への嫉妬。
彼女のせい、というよりも自分の内面の汚いものが原因だと、なんとなく分かっていたからだ。

3年になり授業がグッと減ったのをいいことに、私は彼女と距離をおいた。
たまに授業で一緒になれば会話をする程度の当たり障りのない友人として、私たちは大学を卒業した。
役者になることを諦めきれずフリーターになった私と、当面の生活費を稼ぐために会社員になった彼女。
たまにSNS上の呟きを見て生存確認をする。
大学時代の友人関係なんてそんなもんだ。

役者の夢を諦めきれなかった私への誘い。彼女も演劇を続けていた

ある日、彼女から一通のDMが届いた。
曰く、『今度俳優向けのワークショップで講師をすることになったから話を聞いて欲しい』とのことだった。
その頃には学生時代の拘りも薄れていた私は、懐かしさもあって二つ返事で引き受けた。

休日、落ち合ったのは駅前のカフェだった。
学生時代と違いシンプルなスーツに身を包んだ彼女は、当時と変わらないように見えた。
お互いの近況報告をする中で、彼女がやはり表現活動をしたくて、勤めていた会社を退職したことを知った。現在は派遣の紹介業をしながら演劇ワークショップに参加していると楽しそうに彼女は話す。明るいその表情は、なかなか俳優業が上手くいかない私とは対照的だった。彼女には彼女なりの苦労もあるだろうが元気そうな様子に、お互い頑張ろうと励まし合って別れた。
それから半年程経った頃だろうか、彼女から再びDMが届いた。
『お世話になってるプロデューサーさんの勉強会があるんだけど一緒にどう?』
煮詰まっていた私はやはり二つ返事で了承した。

待ち合わせ場所は都心のカフェチェーン。
その日は彼女だけでなく、彼女の先輩だという男性が一緒だった。
お世話になっているというプロデューサーは仕事が忙しく、遅れてくるらしい。
待ち時間、男性と私は自己紹介をした。
いかにも生真面目そうなその男性は少し年長だろうか、キッチリした服装から企業の営業マンの様にも見えた。
私の語る考えに、「そうだね、それはでもーー」「そうなりがちなんだけどさ」と言葉尻を捉えては反論を添えてくる。
こちらの意図を捻じ曲げては自分の話に持っていく姿は、何かの勧誘じみていて不快感を覚えた。
反論するのも次第に面倒になり曖昧に相槌を打っていると、件のプロデューサーがやってきた。

席に近づくや否や、友人と男性が立ち上がる。
いかにも大物然とした登場の仕方をし、席を譲られたプロデューサーはAと名乗った。
Aは業界について色々なことを語った。
それに対して友人や男性は、うんうんと大きく頷きながらメモを取ったり忙しない。
大袈裟な相槌、媚を売るように不自然に上がる口角とか。
学生時代彼女を苦手だと思わしめた態度のオンパレードがそこにあった。
気に食わない男性、苦手な友人の所作、実績もわからないAへの不信感。それらがない混ぜになり、居心地の悪い数時間を過ごした。
そのせいかその日は酷い頭痛がして、帰宅するとすぐ泥のように眠った。

その後も彼女のDMは続き、数回はAが主催する勉強会に参加する事になる。
どの回でも彼女の嫌な面と、男性やAへの不信感が勝り、最終的には演劇離れを理由に誘いを断った。
それ以後、彼女とは会っていない。

今はどこで何をしているかわからないが、幸せでいればと思う

1年程前、別の友人経由で彼女の噂を聞いた。
都心の交差点で俳優養成スクールのチラシを配っていたという彼女。
友人が興味を持ちアクセスしたサイトは出来合いのもので、事務所の住所はマンションの一室だったという。
怪しいサークルに勧誘されているんではないかと心配する友人をよそに、私の頭にはあの日の光景が過ぎっていた。
私は勧誘を受けた訳ではない。
だから彼女が参加している団体がどのような物なのかも本当のところはわからない。
気になって調べた彼女のアカウントは、いつの間にか影も形も見当たらなくなっていた。

今やどこで何をしているかもわからない彼女。
ただ何かに依存したがる彼女が幸せに暮らしていればいい、とそう思う。