恋の相手は数学の先生。私はバレンタインに勝負をかけた

高校2年生のとき、数学の先生に恋をしていた。憧れや尊敬にとどまらず、あわよくばどうにかなりたいとさえ思っていた。
先生は当時48歳で、奥さんがいて、子供がいた。テニス部の顧問で少し日焼けしていて、真面目な性格。数学の話をするときだけ楽しそうに笑い、ふとしたときに見せる少し疲れた表情に色気がある人だった。
私は猛勉強して数学の成績を上げ、放課後には質問に行き、授業前後には話しかけに行くなどアプローチを重ねたが、上手くあしらわれていることもよく分かっていた。

バレンタイン、私は勝負をかけた。進級するとクラスが変わるので、また先生の授業を受けられるか分からない。ここでしっかりと爪痕を残さなければ、という焦りがあった。

考えに考えて選んだチョコは、ペンギンをかたどったチョコが青い箱に5つ入ったものだった。私は、お子さんがいることもあって、先生が家族で動物園や水族館に行くこともあるのではないかと考えた。
動物園や水族館にはペンギンがいる。ペンギンを見るたびに私を思い出す呪いをかけるつもりで選んだ渾身のチョコレートだった。

2月14日、朝から私はソワソワしていた。クラスの男子など眼中にない。先生にしっかりとペンギンチョコを渡せるか、それだけを考えて心ここにあらずで授業を受けた。授業後、教室を出た先生を追いかけて、誰もいない廊下で呼び止める。
「先生これ、バレンタインです」
「なんや、くれへんのかと思ったわ」
「あの、先生。私本気で好きですよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいよ、ありがとうな」
短いやり取りだったけれど、はっきりと覚えている。先生は笑顔でチョコを受け取って職員室に戻っていった。

ホワイトデーの放課後に呼び出された。嬉しくて卒倒しそう

それからも私と先生の距離感は何一つ変わらず、一ヶ月が経ってホワイトデーを迎えた。先生からお返しがもらえるとは、正直期待していなかった。

数学の授業で、数日前に提出していたノートが返却された。いつもは日直に配らせるのに、その日は演習中に先生が自ら配って歩くようだった。私の席に先生が来て、ノートを机の上に置く。そのまま次の席にうつると思ったので私はぺこりと頭を下げ、演習を続けた。

ところが先生はなかなか動かない。どうしたんだろう、と私が思うのと同じくらいのタイミングで、机の上に返されたノートの表紙を先生がトントンと人差し指で叩いた。ノートを見ると、ページの間に細い紙が挟まっている。
「え」
思わず先生の顔を見上げると、目が合った。先生は少し照れたような顔で笑って頷いた、ように見えた。
授業が終わってドキドキしながらノートを開く。

挟まっていた紙には、
「2年3組 ○○さん
本日3月14日(金)放課後(15:50〜16:10)職員室の私のところまで来てください。」
という文言が印刷されていた。

心臓が止まるかと思った。心底ときめいた。ドキドキして、放課後まで何一つ手につかなかった。
敢えて事務連絡を装った呼び出し、目が合ったときの意味ありげな表情……!直接お返しを手渡されたら、嬉しさに卒倒してしまうのではないかと怖くなるほどの興奮だった。

先生から渡されたお菓子に感激。でも、メモの字に違和感が…

放課後、私は友達に廊下まで付き添ってもらって職員室の先生を訪ねた。
先生は、和紙のような緑色の包装紙に包まれた抹茶のお菓子を私の手に握らせて、「バレンタインありがとうな。これ、お返し」と言った。私は感極まって職員室で「ありがとうございます!!!!」と叫び、先生を苦笑させた。
さらに嬉しいことに、お菓子には手書きのメモまでついていた。「チョコ、おいしくいただきました。勉強頑張ってね」と書かれている。人生で一番幸せかもしれない、と思った。

ふと違和感を感じたのは、廊下で待つ友達に報告してきゃあきゃあ騒いでいる時だった。手書きのメモの筆跡が、いつも先生がノートに書いてくださるコメントの文字とは違って見えたのだ。急いでノートを取り出して見比べるが、やはり別人の字のようでどこか女っぽい。

そのとき、職員室にテニス部の女子グループが入っていき、抹茶のお菓子を手にして廊下に出てきた。私が先生から受け取ったのと同じもので、同じメモが添えられているようだった。

そこで私はやっと気づいた。
きっと奥さんがホワイトデーのお返しを準備して先生にもたせているのだ、と。私は失恋と敗北を噛み締めた。

あれから数年、私は毎年、彼氏の職場へのホワイトデーのお返しを一緒に選ぶようになった。今では、手書きのメッセージで少しだけ牽制したくなる奥さんの気持ちも充分に理解できる。