一年に一度のバレンタインに胸を躍らせていた時期があった。
小学生女子あるあるだと思うのだが、普段料理など全くせず、なんなら台所まわりの家事をほとんどしないくせに、お菓子作りにだけは張り切りだす「あれ」だ。私も例外でなく、そうだった。

たいてい板チョコを溶かして型に入れて固め直すだけなのだが。いろいろトッピングしたり、何よりそれを仲良しの友達ときゃいきゃい言いながらやったりするのが大好きだった。
そんな、恋愛沙汰とは無縁だと思ったバレンタインが、忘れられない思い出になった年があった。

好きな彼へのチョコは名無しの手紙と一緒に。玄関前にちょこんと置く

小学5年生の私は、親友と「せっかくのバレンタインだから友チョコだけじゃ面白くない。男子に渡そう」という話になった。複数の男の子にではなく、誰か1人に。
その相手に、私は当時好きだったクラスメイトを選んだ。3年生の時に転校してきて3年間同じクラスで、家の地区も同じだったのに5年生になってからやっと話すようになった人だった。話してみるととても楽しくて、優しくしてくれて、たまにちょっかいをかけてきた。私の初恋の相手だった。

当時の私は過剰に恥ずかしがりで、その彼のことが好きなのはもちろん、好きな人がいることさえ周囲に知られたくなかった。彼本人も含めて、親友以外には絶対にバレたくなかった。それで、その提案には乗ったけれど告白の意識はなかった。
本命チョコなどという概念もなかったので、たくさん作ったうちの比較的きれいなやつを選んで入れた。1番うまくできたやつは、普段の感謝を込めて親友に渡した。もうその時点で、そんな意識だった。

そして、彼にチョコを渡した。と言っても、家の玄関前に紙袋をちょこんと置いておいただけ。手紙も入れたけど、好きだってことはもちろん自分の名前さえ書かなかった。
すごく仲が良かったし、私の恋心はにじみ出ていてバレてるような気がして、私が差出人なのは明らかだと思っていた。だから、わざわざ名前を書くのは恥ずかしすぎた。

ホワイトデー、彼の名入りのお返しも玄関前に。初めての両思い

その、本命チョコでもなければ義理や友チョコでもない、恥ずかしいながらのアクションのおかげで私たちの気持ちは繋がった。
ホワイトデーに彼はお返しをくれた。その日は土曜日で、外に出ると私がしたのと同じように玄関前に紙袋がちょこん。胸が高鳴った。

開けてみると手紙が入っていて、ちゃんと彼の名前があった。名前書いといてくれないと誰だかわからんということと、俺はお前のことが好きと書いてあった。
ものすごく嬉しくて、胸の奥がじわーっと温かくなっていくのを感じた。これが両想い……!と感動して泣きそうだった。
純粋な感性で感じ取った、あの時の幸せな気持ちはもう味わえないだろう。

彼と両想いなことがわかっても、付き合うとかそんな発想は一切なかった。それまで通り仲良くしているだけだったけれど、好きな人が自分を好きでいてくれることがどんなに幸せで嬉しいことなのか、子供心ながらに噛みしめていた。

大事に思う2人とずっと仲良くしていたい。その願いは半分だけ叶わなかった

1年後、私は卒業と同時に遠く離れた県へ引っ越すことになった。そして同じ中学校に行けないということは、彼に言えなかった。

後日談だが、名無しチョコが私からだということは、親友が委員会の仕事で彼と一緒になった時に伝えてくれたみたいだ。彼は本気で誰が置いていったのかわからなかったらしいと聞いた。
私が彼にチョコを渡したことを知っている人は他にいなかったので、2人が一緒になるタイミングがあってよかった。あのまま彼にとって差出人が謎のままだったら、私も彼の気持ちをちゃんと知ることができなかっただろう。

今は彼の連絡先も知らなければ、どこで何をしているのかすらも知らない。SNSも辞めてしまったようで、もう近況を知るすべが全くない。対してこの一連の出来事の発端となった提案をしてくれた親友とは、離れ離れになってからも連絡を取り続けることができた。
大人になった今でも繋がっていて、人生で最も付き合いの長い友達だ。大事に思う2人とずっと仲良くしていたい、そんな小学生の私の願いは半分だけ叶わなかった。

彼にはきっともう会えないけれど、一生取っておきたい初恋のバレンタインの思い出だ。