バレンタインと聞いて真っ先に思い出すのは、今から13年前、当時の彼氏に渡したチョコだ。あんなチョコを作ったのは、後にも先にもあのバレンタインだけだ。

受験生でもこだわりたかった。選んだのはインパクトありのもの

その時私は中学3年生で、同級生の彼氏と付き合ってから2回目のバレンタインを迎えようとしていた。
私は小さな頃からお菓子作りや絵など、何かを作ることが好きだった。「好きなことで好きな人を喜ばせたい」という恋する乙女のこだわりから、彼氏へのバレンタインチョコは手作り一択だった。
前回のバレンタインは付き合って半年ほど経った頃で、いかにもなハートの形のチョコだった。今回も同じチョコでは芸がない。どうしようか。

ところで、私達は受験生でもあった。
「お互い毎日勉強漬けだし、息抜きになるようなチョコが良いかな……そうだ、何かインパクトが強くて笑っちゃうようなチョコを作ろう」
思い立ったら即行動。携帯電話で「チョコ 面白い」と検索すると、「おっぱいチョコ」なるものを見つけた。
これだ。
彼氏なら、きっとこういう冗談に笑ってくれるはず。私の頭は既に、どうやってこの馬鹿げたチョコを作るか考え始めていた。

ブラジャーも添えたおっぱいチョコは大成功。2人で笑った

後日、家の台所で早速作った。
おっぱいの土台となる部分には、空になったゼリーのプラ容器を使った。ホワイトチョコを流し込んで冷やし固め、バストトップをピンクのチョコペンで付け加えた。
完成してみると、それはただ白くて丸いチョコにピンク色の飾りがチョンと付いているだけだった。説明無しではおっぱいに見えにくい。

そこで、専用のブラジャーも手作りすることにした。即席でTシャツの端切れやレースを縫い合わせ、淡いピンク色のブラジャーを作った。
おっぱいチョコとブラジャーを組み合わせると急にリアルになり、自分で作っておきながら笑ってしまった。これなら一発でわかってもらえる出来映えだ。
すっかり面白くなり、更にふざけて「優しく触ってね」だのと書いた手書きの説明書まで作った。説明書が一番上になるように箱詰めしながら、私は彼氏の反応を想像してワクワクした。

バレンタイン当日は、昼間から彼氏の家でデートだった。問題のチョコは、彼氏の部屋で2人きりになってから渡した。
「開けてみて」
私は今にも笑い出したいのを必死に我慢した。
彼氏は言われた通り箱を開けると、説明書に気付き、ブツブツ読み上げながら不思議そうな顔をした。そして中身が全て見えた途端、笑い始めた。
「なんだよこれ」
私も一緒に笑った。大成功だ。私は満足だった。

今思えば、こんなチョコを彼氏の部屋で渡しても手を出されずにデートが終わるなんて、なんて健全な仲だっただろう。
彼氏は私をとても大切にしてくれていた。こういう彼氏だから、私は心置きなくこのチョコを渡せたのだ。
私達は幸せだった。

彼は今何してるかな。馬鹿なチョコと一緒に覚えていてくれれば

でも彼氏とは、5年ほどお付き合いした末に、遠距離恋愛で別れてしまった。
会えない寂しさに耐えられなかったのは、私の方だった。いずれ会えないことに慣れて、寂しいと思わなくなるのは、もっと耐えられそうになかった。
最後の電話で、私のことは忘れてねと言うと、忘れられるわけがないだろうと彼氏は言った。

時が経ち、今私には愛する旦那と息子がいる。
今年のバレンタインはと言うと、子育てにてんやわんやで、旦那には市販のチョコを買ってしまった。かつて恋した乙女は、主婦になり、こだわりを捨てた。

あの彼氏とはもう消息が絶たれて、どこで何をしているかも分からない。
私が彼氏のことをこうやって思い出すことはあるが、彼氏はどうだろう。もう私のことを忘れているかもしれない。忘れてねと言ったのだし、それでも構わない。

……嘘。
ひとつぐらい、例えば、馬鹿げたバレンタインチョコのことでも良い、覚えてくれてたら良いなと思う。
遠い昔、こんな彼女がいたということ。