「バレンタインの思い出」と聞いて、一番初めに思い浮かぶのは、小学校6年生の時のあの出来事だ。
浮足だっている少女たち。「好きな人?」と考えて浮かんだのは
当時、ひそかに思いを寄せていた男子がいた。小学生最後の年の正月明け、席替えになって隣になった男子だ。
色黒で、スポーツができて、笑顔がとてもまぶしい人。少しドジな部分もあっていじられキャラだった。多分、あれが小さな「初恋」だった。
浮足立つ12歳の少女たちは、バレンタイン、好きな人にチョコを渡す?なんて話をしていた。私は無意識だったけど、どこかで「好きな人、私いるかな?」と考えていた。そしたらその男子が浮かんだ。
私は言う。「私、あの男子のこと、好きかも」と。
告白しちゃいなよ、なんて、やたら応援された。気恥ずかしかったのを覚えている。
勇気を振り絞って初めての手作りチョコを渡した
本命には苦いチョコがいい、なんてどこからか情報を得て、初めてチョコを手作りした。
溶かして型にいれるだけのシンプルなもの。でも12歳の私にはそれを作るのも大変だった。どうにかして作り上げる。不格好。
でも満足していた。小さなラブレターも添えた。
そして迎えたあの日。2月14日は土曜日で学校はない。前日に渡そうかとも思ったけれど、「13日の金曜日は縁起が悪い」という塾の先生の言葉を信じて、12日の木曜日、ドキドキしながらチョコを持っていった。「余計なものは持って来てはいけません」というルールを破って。
いつ渡そうか。頭の中はそれでいっぱいだった。授業になんて集中できやしない。あっという間に一日が終わる。先生が教壇から離れて教室を出たその瞬間、12年で一番の、ありったけの勇気を振り絞って、
「あのさ!これ!」
そういって、その子に半ば押し付けるようにチョコを渡した。
思ったよりも大声が出た。周りの子たちも注目している。
私はいたたまれなくなって、恥ずかしくなって、荷物をもって教室から飛び出した。
ランドセルのふたは開いたまま。何かを落とした。あわてて拾ってまた階段を駆け下りる。
たどり着いたのは教室から遠く離れた一階の女子トイレ。渡した相手が入れない場所。
個室のドアを閉め、鍵も満足にかけられないまま、ひたすら息を整える。
「ああ~ついに渡しちゃったよ~~!」
思わず小さく声が出る。渡したくせに、これからどうなっちゃうんだろうとか、たくさん想像してしまって、心臓がバクバクなった。しばらくトイレから出られなかった。
友人たちの心配する声も、全く聞こえなかった。
知らされた失恋?いやあれはちょっとした冒険だった
そんなバタバタのバレンタイン後、その子から声をかけられた。
「チョコ、ありがとう。うまかった」
うれしかった。そしてまた、その子への想いが少し増してしまった。
でもラブレターの返事はもらえないままだった。友達に言えば「きっと振られたんだよ」なんてあしらわれた。結局私は何もその子に言いだせず、卒業まで隣どうしで授業をうけた。
そして迎えた卒業式。みんなそれぞれ正装してくる。変わらず隣に座る私にあの子は言う。
「かわいい、お嬢様みたい」
からかって言ってるのはわかっていた。でもそれでもうれしかった。
私は精一杯の勇気を出して言う。
「かっこいいよ、なんか雰囲気違う」
数か月後、中学生になった私に友達が言う。
「好きだった子、彼女できたってさ」
ああ、終わったんだ。
でも不思議と何も思わなかった。
多分あれが「初恋」なんて言ったけれど、今から考えたら違う。あれはただの恋愛ごっこだったんだ。バレンタインという魔法にかけられた少女が、ちょっと冒険しただけだったんだ。