5時半起床。ジャーナリストである、27歳の私の朝は早い

ジャーナリストである、27歳の私の朝は早い。
5時半に起床。白湯を飲み、ヨガで呼吸と身体を整える。休日に作ってストックにしているマフィンで朝食としながら、日課である日経新聞に目を通す。
withやMOREに掲載されているキレイめオフィスカジュアルに身を包み、通勤しながら英語のリスニング練習。ヒールをコツコツと響かせながらオフィス街を闊歩して、仕事場に到着、さあ始業……!わあなんて素敵なオフィスライフ……!

以上はすべて私の妄想である。
現実の私は、まずジャーナリストではなく、金融機関に勤めるOLである。その上、在宅勤務なので仕事10分前に飛び起き、ほぼ寝巻のまま机に向かい、始業する。
もちろんすっぴん、髪の毛は鳥の巣のように爆発。白湯も、ヨガも、マフィンも、日経新聞も、オフィスカジュアルも、ぜーんぶなし。ついでに言えば、在宅勤務による運動不足で、入社時からプラス8キロという、MOREやwithもびっくりの付録付きである。

現時点での私の社会人生活はとてもだらしなく、何もかも想像(というより妄想)と遠くかけ離れたものである。そんな、今の私にとって「仕事」とは一体なんなのだろうか。

未来を自分で自由に選べるはずなのに、なぜ、こんなにも窮屈なのだ

大体の日本人は18歳で高校を卒業したタイミングで、または22歳で大学を卒業するタイミングで、就職活動を経て、社会人として勤め始める。しかしこの「就職活動」というのが、これまた厄介なやつなのだ。
普段深く考えることのない自分の長所や短所、将来設計、そして夢についてこれでもか、と向き合わされる。そして建前上は、自分で会社に申し込み「選んだ」ことで、自分の未来も自分の意志で「選んだ」こととなる。
入社後イメージと違うと訴えても「入ることに決めたのは自分じゃん?こっちから入ってくれと頼んでいないし。アハーン?」と自己責任の名のもとに、黙殺される。私たちが選んだのは「職業」や「会社」だけなのに、いつの間にか「生き方」そのものも決定される。

親の職業をそのまま継いでいた昔なら、こんなことにはなっていない。その風習がまだ残っていたのであれば、私は否応なしにお産婆さんか寺子屋の先生だった。
職業選択の自由が与えられ、私たちは自分の未来を自分で選ぶことができる自由を実感して生きている、はずだ。なのに、なぜだ。なぜこんなにも窮屈なのだ。

このような窮屈さを感じるのは、私が現在勤めている「金融機関」という仕事が、当初予定していたものではないからかもしれない。
私は小学生の頃から、文章を書いて生活する人間になりたかった。例えばジャーナリスト、例えばエッセイスト、例えば小説家、例えばシナリオライター……。
自由に自分の意志で仕事を選んだ(はず)の現在だからこそ、苦しいのだ。まるでそれは私が今希望の仕事につけていないのは、すべて自分のせいで、もっと言えば自分の努力と実力不足のせいである、と言われているかのようだ。

今の仕事での評価は、ジャーナリストになっていたら出会えなかった私

もちろん努力と実力が不足していたのはあるだろう。でも精神疾患をオープンにして就活できる、数少ない障がい者雇用枠の中で、出来るだけ条件の良い所、経済的に自立できるところで選んだのが今の職場である。自分の現状と現実の最大公約数が今の仕事であった。つまり、端的に言えば、今の仕事を選んだ理由は「お金」、その一言である。

こういうと向上心のない守銭奴のようなイメージを抱かれる方もいるかもしれない。でも今の職場で出会った人々、新しい私の一面はジャーナリストになれなかった、挫折した私を否定するものではなく、むしろ肯定するものだった。
今の仕事に「真面目」で「一生懸命」、仕事ぶりが「とにかく丁寧」で「几帳面」と言われる私は、ジャーナリストになっていたら出会えなかった私だ。

そしてあれだけこだわった給料面では、障がい者雇用枠での就職でかなり良い待遇であるため、自分の給料から、好きなだけ本が買える。自分で医療費を払うことができる。自分で応援したいNPO法人に募金ができた。そんなお金の遣い方一つ一つが私の自己肯定感を上げてくれた。
働くのは、お金のため。でもお金の遣い方の選択肢が広がることは、人生の選択肢が広がること。そんなことに気づいた瞬間、金融機関で働くこと、つまりお客様のお金の遣い方を応援する仕事に愛着が湧いた。

何事も経験、目の前の仕事にとにかく一生懸命取り組もうと決めた

現在の私は「置かれた場所で咲きなさい」という言葉をモットーにしている。なりたかったジャーナリストには現時点でなれていない。でも今の仕事を愛し始めているのも事実である。「良い文章を書くためには、何事も経験である」というのは今までの体感だ。いつかのために、なにが役に立つか分からない。だから私は目の前の仕事にとにかく一生懸命取り組もうと決めたのだ。

ジャーナリストと金融機関。ただでさえ、乖離がある。冒頭の妄想のジャーナリスト生活に少しでも近づけるよう、少なくとも朝ごはんくらいは食べよう。手作りマフィンは無理でも。そうだ、明日から15分前には起きてみよう。