オランダに住み始めて四年目になる。
もとは修士号取得とその準備期間で一年程の滞在予定だったが、さまざまな事情が重なり今に至る。とはいえ、どんな理由であれ、さすがにこれほど長くいると知り合いであろうと初対面であろうと絶対に訊かれる質問がある。
「オランダのどこが好きなの?」

どうしてもこの質問には「なぜ日本みたいに発展した国をわざわざ出てまで」というニュアンスが含まれることが多く、それに対する自分の意見は話せば非常に長くなるので、大体は当たり障りのない答えで場をやり過ごすことにしている。
オランダは住みやすく移民大国であるとよく言われるが、そこに至るまでには個々で様々事情があり、主語に気を付けて話す必要があるとも思っている。

生活様式の違いを差し置いても、私がオランダで生きることを選ぶ理由

あくまで一例として、日本産まれ・日本育ち(東京)の私は、オランダの日照時間の短さや日本との食文化の違いなどに慣れるのに相当の時間とエネルギーを要した。どこでもドアがあったら、日光を浴びるためだけでも今すぐどこかへ行きたい。そこに美味しいものがあれば文句なし。
それでも、私は行き先とオランダを比較して、多くの場合、現在長期的に住むとしたらオランダを選ぶと思う。
そして先ほどの質問に対し、こう答えるだろう。
「ドラッグストアのチラシのセール欄に、赤ちゃんのオムツとコンドームが並列して載っているところ」

この答えは、私が“先進国”と言われながらも未だにジェンダーギャップ指数が下から数えたほうが早い国出身であり、女性の身体を持つことが深く関係する。

その壊滅的な数字にはもちろん、未だに「女性の身体は女性のもの」という、本来当たり前であるはずの権利が、あらゆる場面で認識されていないことを思い知らされる出来事が絶えないことにも起因している。

それに対しオランダでは、リプロダクティブ・ヘルスのみに限っても女性の権利が幅広く保障されている。女性主体の避妊を含む広義のbirthcontrolは無料(未成年の場合)か多くのケースで保険が適用される。住民全員が加入義務のある医療保険のプランを比較する際、「妊娠」や「避妊」という項目が他の医療機関を必要とする健康状態全般の一部として当然のごとく並ぶ。
これは自分の意志に関わらず、妊娠・出産の可能性がある身体を持つ者が安心して日常生活を送るうえで非常に大きい。

私は最近、このチラシを見てまだ少しびっくりしてしまう自分がいることに驚いた。
考えてみれば、ここで「妊娠」「出産」「子育て」を示唆するオムツと、「セックス」「避妊」「性病予防」を想起させるコンドームが違和感なく並ぶのは当然のことだ。
特別なメッセージ性もなく、たまたま今週のお買い得商品として並列されているだけの話である。どちらも、いつでも自分の生活、そして人生の一部になる可能性がある人にとっては必需品として店頭に並んでいるし、他の商品と同様に割引されている。
そこに分け隔てや恥を思わせる要素はない。言うまでもなくこういったチラシを見て、「特定の性別グループの人々が性に奔放になる」等といった“懸念”を示す(?)人もいない。

ジェンダーギャップ指数120位の国を女性が生きやすい世界へ

ここ数年、特に2021年の日本のフェミニズムの動きを遠巻きながらも見守り、ハッシュタグや署名でリモートながらもできる限り参加してきた。
私が日本にいたときに感じていた、女性として生きるうえでの違和感や不快感、不安感や社会への不信感が多くの語り手や専門家によって言語化され、大きく時代が動いているのを感じる。

一方、あのままあそこにいたら、参加しないどころか、アクティビズムに対し嫌悪感を覚える側になっていたかもしれないと思い、少し怖くなることがある。参加したくても何らかの外部からの圧力で負けて断念していたかもしれない。
私がわきまえなくなるためには、私にわきまえさせようとする環境からまず離れなければならなかったのだ。その点で言えばオランダ移住は、私にとって自分が思う以上に必要で、必然だったのかもしれないとさえ感じる。

四年前の自分にはこんなことを日本語で書き、日本語のメディアに投稿するなんて想像もできなかった。少しずつだが、個人レベルでも社会全体も前に進んでいる。数十年後には「わきまえる」という言葉も辞書から消えているかもしれない。
微力ながらも、これからさらに(日本の)女性が生きやすい世界にするために尽力していきたい。