「けち」と書いて、私と読む。
これが家族から私への評価だ。小学生のときは月々300円のお小遣い、寄り道や買い食いが増える高校生になって周りが5000円をもらっているときでも3000円のお小遣いだったから(塾に通うようになり帰りが遅くなる日が増えてからは4000円に増えたけれど)、そう成長してしまうのも無理はない。

私は健康と思っていたが、実家に帰れず粗食が続くと…

大学生になって一人暮らしをしてからも、その傾向は変わらない。今まで親が払ってくれていた医療費などの細々とした、けれど一回が大きいようなものも自分が払うようになったのだから当然だ。
私は若くて、大きな病気もしたことがない。親族も健康体だ。たまに行く病院はコンタクトを作るための眼科と定期健診の歯科、ワクチンを打つための内科くらいだ。

私は健康。その考えが21歳の私を苦しめることになるとは、このときはつゆほどにも思っていなかった。

一人暮らしを始めて、私はそこそこ頻繁に実家に帰っていた。短いときは1カ月、長いときでもせいぜい3カ月くらいの間隔だ。
だが、就活が始まって忙しくなり、半年ほど実家に帰っていなかったことがある。事件はその時に起こった。

普段、私は粗食だ。近くのドラッグストアの19円のもやし、39円の豆腐、118円の卵。これらを組み合わせて生きている。さらにものぐさなことも相まって、一日に一食しか食べないこともざらだ。

通常ならばそのような、親が聞いたら仕送りをしているのだからまともなものを食べろと言いたくなるようなラインナップの生活をしていても、良かった。上述のようにたまに実家に帰ると、三食栄養の整ったものを食べられるのだから。
だが、今回は違った。

突然、頭がぐわんぐわん。119番するも「大丈夫」と言ってしまった

いくら若いと言えど、そのような暮らしをしているとどうなるか。
体が悲鳴を上げ始めるのだ。

ある8月のこと。私はいつものように繁華街へ向かっていた。家から4キロ。1時間かけて歩いたところにその繁華街はある。学生ゆえに時間だけは無駄にある。健康のためにも、いつも私はその道を歩いていた。
おかしいなと思ったのは道を半分ほど過ぎたとき。頭がぐわんぐわんして、どうにも立っていられなくなった。
気力で近くの木陰のベンチに横になり、息を整える。頭がガンガン、耳の奥がツーツー、そして息もゼエハア。傍から見たらおかしい人だったに違いない。周りにいる人たちは、私のほうには目もくれず、すたすたと歩いていく。

このままだとヤバい。
私は汗で滑る液晶を何とかタップして、119番を呼び出した。
息も絶え絶えになりながら、やり取りをしていると近くから救急車の音がする。丁度医療崩壊か、と言われている時期だった。
「私が今、救急車を使ったら他の人の迷惑になってしまう」
そんな考えが頭をよぎった。後からこの話をしたらひどく怒られたのだが、私は怖くなって救急隊の人に「大丈夫になりました」と言って電話を切ってしまった。どう考えてもそんなことないのに。

たまたま助けられて病院へ。「栄養失調」で体を損ね、出費もかさんだ

それからたまたま近くの公共施設の人が助けてくれて、私は涼しい館内で横になっていた。
沢山の人に迷惑を掛けながら、病院に行くと医者からは栄養失調だと言われた。当然だ。若さににかまけていい加減な食生活を送っていたのだから。
会計は2000円。保険料3割負担だから、実際は7000円弱。

自分がきちんとしていれば……後悔先に立たず。
あれから、私はもやし卵生活を脱却した。ちまちましたところでけちっていても、健康を損ねては、金銭的にも身体的にも良くない。
あの倒れたときの真っ白な感じはもう二度と思い出したくない。健康こそ財産なのだと感じた21歳の夏だった。