たったの19年しか生きていないけれど、17歳のバレンタインが私にとって最大のバレンタインであると断言できる。多分これからも、更新されることはないと思う。

隣の教室や下駄箱を隅々まで見る。まだ校内にいると信じたかった

2月14日は受験だからと早帰りが多い時期で、部活も休止期間となる。つまり、いつもならタイミングが合わない彼と帰りに会えるというチャンスだった。
朝は人が多くて皆に見られてしまうし、クラスが違うから休み時間にはいけない。そうなると、安心して渡せるのは放課後しかなかった。

その日は、いつもより時間が進むのが遅く感じた。秒針が一つ進むのに３秒ほどかかっている気がするくらいに。早く終わらないかなと願っても、授業はいつも通りにのんびりとしていた。
ホームルームを終えた私はトートバッグの中に小さな紙袋を忍ばせて、隣のクラスを覗いてみた。教壇から窓際、後ろの黒板まで隅々まで見渡すが、会いたい人はすでにいなかった。
肩を落として下駄箱まで行って、彼の名前が書かれた場所を見てみた。まだ校内にいると信じたかった。
私の願いとは裏腹に履きつぶされたスニーカーの姿はなく、代わりに少し黒ずんだ上履きが入っていた。もう帰ってしまったみたいだった。
残念に思う反面、どこかで安心している自分がいた。渡さなければ、拒否されることが絶対にないからだ。臆病なくせに、きちんと渡したいと我儘な自分もいた。

会いたいけど会いたくなかった彼を発見し、私の中で何かが稼働する

肩を落としつつも自転車に乗って、駅に向かった。歩道にはまばらに人が歩いていた。
近隣の学校も早帰りの期間だったから学生服、ブレザー、セーラー服と色々な制服が入り混じっていた。
その中に、一人の男の子がいた。
会いたいけど会いたくなかった、彼の姿があった。
後ろ姿でも見間違うはずがない、ずっと目で追っていたから。

いると分かった瞬間、まだチャンスがあると気が付いた時、心臓がドキドキとうるさく動き始めた。だんだん体が熱を帯びていく感覚があった。私の中の何かが徐々に稼働していくみたいだった。
しかも、周りに彼の友人の姿はない。これ以上ないチャンスだ。
断られたら、受け取ってくれなかったら、誰かに見られたら、頭の中では色々な思いが渦巻いていたけど、体が勝手に動いていた。
「ねえ」
自転車を降りて、後ろから呼び止めた。

息を目一杯吸い込んで、口を開く。「友チョコでもないから」

「なに？」
彼は立ち止まって、振り返る。疑問に満ちた顔をしていた。
「これ、あげる」
トートバッグからマフィンの入った紙袋を手渡す。
「え？」と顔を真っ赤にして戸惑ったような顔をしながらも、左手で受け取ってくれた。貰ってくれた嬉しさよりも、恥ずかしさが勝ってしまって素直に喜ぶことができていなかった。
「食べてね」
彼は目線を左手から外すことなく、しばらくの間、黙っていた。傍から見たら、たった数秒の出来事かもしれないけれど、私にとっては何分にも感じられた。授業中よりも、ずっと時間が経つのがゆっくりに思えた。
「あ、余ったから？」
「違うよ」
「じゃあ義理？」
「違うよ」
息を目一杯吸い込んで、口を開く。
「友チョコでもないから」
意気地なしの私は「本命」という単語を言えなかった。
けれども目の前に立っている好きな人は言葉の意味を理解したのか、真っ赤な顔がさらに赤く染めた。それを見て、私の頬が一気に熱くなった。
「じゃあね」
恥ずかしくなって、その場を去った。ペダルを力強く踏み込むと、北風が全身にぶつかってきたけれど、籠った熱は全く冷めなかった。

明日が土曜日で良かった。だって、どんな顔をして会えば良いのか、高校生の私には分からなかったから。