学生時代の私は、恋愛が長続きする方ではなく、バレンタインは毎年違う男性と過ごしていたと言っても過言ではない。
そんな私の一番のバレンタインの思い出は、初めての彼のためにドキドキしながら作った甘いチョコレートの思い出ではなく、もう何人もの男に作ってきた、定番のレシピで作ったビターなガトーショコラで友人の気になる相手を奪った、ドロドロとした思い出。
ブスという劣等感を男性の好意で消し、ブスと思う相手には強く出る
幼い頃、私は目鼻立ちのはっきりとした3歳年上の姉と比べられ、自分の見た目は「ブス」なのだと感じていた。
ブスはブスでも明るいブスでいよう。楽しく生きよう。そんな前向きな性格だったのがよかったのか、高校生になると初めての恋人が出来、大学生になると私に一目惚れした、という男性も現れた。
もちろんメイクや髪型が変わったということもあるが、私は自分が思っているよりもブスではないのではないかと、大学生になってから少しずつ気持ちに変化が現れた。
しかし幼い頃から植え付けられた「自分はブスだ」という劣等感がそう易々と消えることはなく、恋人がいること、男性が好意を持って接してくれることが何よりも自分を満たしてくれるように感じた。
どうしたら男性はもっと自分を「女性」として扱ってくれるのか、優しくしてくれるのか、酒の席での立ち振る舞いなど、持ちうる「女性の強み」で関心をひこうとしていた。
その一方で、自分より見た目に気を遣っていない、言葉は悪いが、ブスだと思える相手に対して強く出るようになっていた。特に学生時代に所属していたボランティアサークルでは、大学生になっても髪も染めず、化粧もしたことがない子が多く在籍しており、あの頃の私は完全に調子に乗っていた。
常に男友達とばかり遊んでいた私は、同学年の女性からは嫌われ、「ビッチ」と陰で呼ばれていた。ボランティア活動をしていく仲間でもあるため表立って何かをしてくることはなかったが、彼女たちがあからさまに私を敵対視し、異物扱いしていることはヒシヒシと感じていた。
しかしそんな陰口すらも、本来は向こう側にいた自分が、僻まれる側にいるという私の優越感を作ってくれ、男性に相談すれば「俺らと一緒に活動しよう」と構ってくれる。私の気持ちは昂るばかりだった。
私の陰口を叩く彼女への仕返しに、バレンタインはもってこいの日
そんな中でふと耳にした、私に陰口を叩いている女の子Aちゃんの想い人Bくん。正直Bくんとは接点がなく、どんな人かも分からなかったが、一番私を嫌っていそうなAちゃんの好きな人、というのはとても興味があった。
陰口を言われ優越感は生まれても、ムカついていない訳ではないのだ。
少しずつ共通の友人を通してBくんとの距離を詰め、連絡先も交換すれば、直接会う回数が少なくとも、頻繁にLINEをやり取りする仲に進展するのは早いものだった。
そして迎えたバレンタイン。サークル内では女の子たちがテーブルの上にお菓子を広げ、女の子同士でも食べ合う、お菓子パーティのような雰囲気になるのが恒例となっていた。この日はAちゃんもBくんも揃う、日頃の仕返しにはもってこいの日だった。
私もクッキーを広げ、仲の良い男の子にはこっそりと一人ずつラッピングを施したガトーショコラを手渡しした。義理とも本命とも言わないが、彼らの気を惹くには十分だった。もちろんそれはBくんにも。
更にBくんには事前に「甘い物好き?」と確認をし、「普段そんなに食べないけど好きだよ」と期待を煽らせ、「甘い物が得意そうではないBのためにビターなガトーショコラにした」と一言添えて渡した。Bくんはとても嬉しそうで、チラリとAちゃんに目線を逸らせば、悔しそうにこちらを見ていた。
その様子に調子に乗った私は、「他の人からも貰った?」と彼を探り、貰っていないという返答に驚いた様子を見せた。
不思議がる彼に「AちゃんがBくんのこと好きだって、みんな言ってたから、もうAちゃんから貰ったかなと思ってた」と、無断で彼女の気持ちをBくんに伝えたのだ。
Bくんは驚きつつも、Aちゃんのことは何とも想っていないこと、そして私のことが好きだと告白してくれた。私はサークルのみんなには内緒にすることを条件に、お付き合いを始めた。
馬鹿にするための恋に、気付けば夢中になっていた私に下った天罰
机の下でこっそりと手を繋いだり、帰り道が同じだからと嘘をついては互いの家に行ったり。スリルがあって楽しかった。
何より付き合っていることを知らないAちゃんが、サークル内でBくんに一生懸命に話しかけている様を見ては、あとでBくんに何を話したのかなど聞き、心の中でAちゃんを馬鹿にしていた。
そんな最低なお付き合いではあったが、知れば知るほど彼の優しさに惹かれ、私は彼が大好きになっていた。大学を卒業したあと結婚してもいいなと思えるほど彼に夢中になっていた。
でも彼とのお付き合いは1年で幕を閉じた。あっけなく浮気され、フラれたのだ。
就職活動ですれ違いの生活が始まれば、次第に連絡が来なくなり、次に来た連絡は、「ごめん、別れたい」の一言。アプリに無機質に表示されたその文字は、今までAちゃんを馬鹿にしていた私への天罰のように思えた。
サークル内でも私とBくんが付き合っていたこと、そしてBくんにフラれたことは何故か広まっており、男友達に「浮気されて悲しい」と愚痴をこぼしても、「そういうの気にしないでしょ?」と笑われた。Aちゃん達もクスクスと私を笑っているかのように感じた。
本当に悲しかったのに、誰からも本気で心配されることはなく、Bくんに会いづらくなった私は、サークルから次第に足が遠のいて行った。
ガトーショコラの崩れる様は、表面だけを取り繕った惨めな自分みたい
社会人になってからも、SNSでのみ繋がり続けるサークルメンバー達が、同窓会と称してBBQをしたり飲み会をしたりしていても、私に声をかけてくれる人は一人もいなかった。
考えてみれば当たり前で、私は同級生たちを見下したり、自分の満足感のためだけに好意を得ようとしたり、ただただ最低だった。
ふと写真を見返せば、やっぱり私はそんなに可愛くない。ブスと呼ぶほどでもないが、美人でもない。それでも何かが私を狂わせた。
定番レシピのガトーショコラ。ほろ苦くて、ボロッと崩れるその様は、表面だけを取り繕っていた惨めな自分を思い出させる。私の愚かなバレンタイン。