立ち寄った銀座三越の催事場で、そのチョコレートと出会った。
もはやなんの用事で三越に足を運んだのか定かではないが、ショコラトリーの名前は覚えている。
来るバレンタインデーのために、その太陽系が納められた箱を買った。細長かった記憶がある。

子どものころ、夜空を見上げては早見盤を手に星と星のあいだをなぞり、その星々が放つ何万光年も離れた小さな光を想うと自分がちっぽけな存在に思えた。
石ころのような無機物になった気持ちで暗闇を見上げていると、星は無数に在った。
まるでプログラムされたように星はいつか死ぬ。ガスを撒き散らし、膨張し、弾けてその活動が閉じられる時が。

宇宙の宇は「空間」、宙は「時間」を意味するらしい

宇宙の宇は「空間」、宙は「時間」を意味するらしい。
縦横無尽に永遠無窮に宇宙は拡がり続けている。いまこの瞬間も。
なんの管理下にもおかれない、そんな宇宙が恐ろしい。酸素も生物も責任も生じない空間。

東京は夜でも空が朱く感じられた。
建物の隙間から見える切り取られたようなちいさな空には、マイナス12等星の月や、運がいいと一番星の金星が確認できる。

星空のよく見える田舎を出て、仕事で知り合った彼と一緒に住むまでに時間はかからなかった。彼は年下でざっくばらんで甘えん坊。気を遣わずにいられるところが気に入った。
緻密に編み上げられた都会の文化。無機な高層の建物とひっきりなしにやって来る乗り物。華やかで最先端で入れ替わりが激しく、お金があれば楽しく暮らせるが、慣れない土地に仕事に人間関係に、夜空を見上げて宇宙に思いを馳せることも減ってしまった。そのころは減ってしまったことにも気づかなかった。
私は流されることなく強く生きねばならない、でないと星空に呑まれた時のように自分がちっぽけに感じられるから。

舌の温度で溶けて消える惑星たち。ささやかで美味しくてうつくしい夜

いま思うと、自分で自分に呪いをかけていたのだろう。
他人に甘えることがなんと難しいことか、生活をともにする中で彼とは何度もぶつかった。ぶつからないようにスペースを空ければ空けるほど、もやもやとした未知の空間が拡がっていくようで、窮屈だった。

そして私はその日、夕食のあとに太陽系の入った箱を恭しく取り出して開けて見せた。
彼は細長い目をさらに細くさせてはにかんだ。薄い点が三つ並んだ泣きぼくろは神秘的なさんかく座のようだ。
小さく凝縮された惑星。
それを半分食べるかと惜しげもなく聞く彼。
私たちは火星や金星や木星を大きな包丁で半分に切り分けて食べた。
惑星は甘かったり酸っぱかったりした。
メタンやヘリウムでできていると思っていた惑星には、ガナッシュが詰まっていたらしい。
そして舌の温度で溶けて消えた。
あのささやかで美味しくてうつくしい夜。
こんなふうに穏やかな時間をいつまでも過ごしていたい。
その箱のなかには、私たちの思い描いた優しい日々が詰められていたに違いない。

星がやがて死んでいくように、まもなく私たちも破片になった

星がやがて死んでいくように、まもなく私たちも破片になった。
目前にせまる空間も時間も私たちには支配することが出来なかった。共有することを拒んだ。宇宙のように拡がり続けることも。
優しくしたかった、愛でたかった。あの色素の薄い細い髪の毛、尖った唇。一緒に過ごしたあの部屋を。
それらはもうとてもちっぽけなことのように感じられた。遠くの星が放つ光のようだからだろうか。
それは過ぎ去った時間のうつくしさなのだ。
生き急ぐもののはかなさなのだ。
私たちは星のように永くはないから。

記憶の中で箱を開けるとチョコレートの惑星が輝いていて、指でつまんだらそれは体温でとろけてしまいそうだった。
始まって終わることは、決して悪いことではない。
終わるときに起こる爆発の衝撃はまた別の星を生む。誰も知らないどこかへ影響していく。
私も彼もまた別の天体を繰り返していくのだろう。
はんぶんこした惑星に感謝したりそんな時間を忘れたりしながら。