中三の冬。同じテニス部の男子からの呼び出し
『アルフォート』というチョコレートをご存知だろうか?
ブルボンさんが発売しているビスケット菓子で、青いパッケージと帆船を形どったチョコレートが特徴的な菓子だ。スーパーやコンビニに行けば、必ずと言っていいほどの確率で棚に並んでいる。
チョコの甘味にビスケットの塩見がちょうどいい、ちょっと洒落た菓子。
それでいて安い。だからついつい手が伸びてしまう。
最近では、さまざまなフレーバーが展開されており、期間限定やご当地限定などの商品もあるようだ。
私が一歳の頃から販売され続けている菓子ではあるが、私がはじめてアルフォートを口にしたのは、中学三年の冬。
家の横を流れる山原川の橋の上で、私は生まれてはじめて『逆チョコ』をもらった。
学校から帰った私は、お母さんが夕飯の支度をするのを待っていた。
手伝いをするわけでもなく、ただ待っていた。
すると、携帯が光った。誰かからメールが届いたのだ。
「ちょっと出てこれる?」
同じクラスで、同じテニス部の男子。
私が女子の部長で、彼が男子の部長だったこともあり、教室でもテニスコートでもよく話をする、仲のいい男子であった。
「なに?もうちょいで夕飯なんだけど」
「実は近くに来てるもんで、ちょっとだけ出てこれる?」
年頃の娘が携帯片手に「ちょっと出てくる」と言えば、親は、
「だれ?彼氏?いつ帰ってくるの」
と探りを入れてくる。
当時はそれが嫌だった。
そんな探り合いは、なんだかんだで十九歳くらいまでは続いたであろう。
「オレのおすすめ」と渡された、初めての「逆チョコ」
素っ気ない返事をして私は、橋のところまで出ていった。
すると、制服姿のままの彼が橋の向こうで待っていた。
「どうした?え、てか寒くない?」
そんな会話から、またいつものように話がはずんで、呼び出された目的さえ忘れていた。
すると、
「アルフォートって知ってる?オレのおすすめ、ぜひ食べてほしい」
そう言って彼は自転車のかごから、青いパッケージの箱を取り出し私へ差し出した。
おいしいからと絶賛してくるので、その場で食べた。
「確かにおいしいね」
「てか、バレンタインの日に男からチョコもらうとか逆チョコじゃん」
私は、からかい気味に言った。
日本のバレンタインデーといえば『女性から男性へチョコレートを贈る日』として定着しているが、これは日本独自のもの。
バレンタイン発祥の地イタリアでは別名『恋人たちの日』といい、恋人同士で贈り物を交換したり食事をしたりするのが主流とされている。
もちろん私も、仲のよい友達にチョコを配り、お返しにチョコをもらう、そんな日本のありふれたバレンタインデーを過ごし、終えようとしていた。
「そうなるね、でも今日、どうしても君に直接渡したかったんだ」
これが彼のはじめての告白だった。
久しぶりに会った彼に、同じ「アルフォート」をあげた
それから数年後、私たちは同じ高校を卒業したあと社会人となり、仕事仕事の毎日を過ごしていた。
すると久々に彼が、仕事終わりに飲みに行こうと声を掛けてきてくれた。
会うのは久々だった。
私は、お店へ向かう途中、コンビニに立ち寄った。
「久しぶり、元気?」
「てか、バレンタイン近いのに何も用意してなくてごめん」
そう言って私が渡したのは、あの時と同じ、青のパッケージの箱。
久々に会うし、何かしたくて、さっきとっさにコンビニで買ったのだ。
即席の贈り物だったが、彼は嬉しそうに言ってくれた。
「君からもらうアルフォートが一番嬉しい」と。
それ以来、彼に会う時の手土産はアルフォートと決めている。