「大人になんてなりたくない」。小さい時からそう思っていたはずなのに、気づいたら大人になっていた。

私が「大人になりたくない」とはっきり思うようになったのは、小学校5、6年生の頃だったと思う。
しかし、その頃の私にとって明確な「大人」の定義はなく、なんとなく「面白みのない人」「日々を楽しめない人」といったような意味合いで使っていたような気がする。

恋愛と仕事の2つの側面で、少し現実を諦めた大人になってしまった

しかし、26歳になった今、すっかり自分は大人になってしまったなぁと感じる。それも、悲しい意味で。ふと音楽を聴いている時、ふと昔の写真を眺めている時、大人になってしまった私は時折涙を流す。

ずっと私の中で明確に定義されていなかった「大人」という言葉が、今では私の中でしっかりと意味を持つ。それは、理想を真っ直ぐに信じられない、ということだ。
大学を卒業して、社会人経験を少し経た私は、すっかり理想を真っ直ぐに信じられない、どこか少し現実を諦めた大人になってしまった。特に、恋愛と仕事、の2つの側面で。

まず、恋愛という面では、私は大恋愛を経て大失恋をしている。
大学2年生の時に留学したオーストラリアで大好きな人ができた。彼は香港人で、オーストラリアにいた時は毎日片時も離れずに一緒にいる存在。留学が終わってからも何回か会いに行ったり、毎日メッセージを送りあったりして交流していた。
自分たちの境遇が似ていたり、考えることが似ていたりして、私は彼をすっかり運命の人だと思い込んでいた。
しかし、現実とは残酷なもので、留学が終わってから、日本とオーストラリアで遠距離となった私たちはいつ、また一緒に時間を過ごせるか全く見通しが立たず、そうこうしているうちに日本に帰国してから1年と半年が経った時、私は他の人から付き合って欲しいと告白された。

他の人の告白を受け入れたことは、彼を運命の人だと思うが故の選択だったけど

正直とても悩んだ。香港人の彼のことはその時も好きではあったが、留学から年月が経って少しずつ連絡の頻度が落ち、お互いに少し熱が冷めてきているのを感じていた。そして、結局、私は他の人の告白を受け入れることにした。
しかしそれは、完全に香港人の彼のことを好きではなくなったわけではなく、むしろ彼のことを運命の人だと思うが故の選択であった。

というのも、私がオーストラリアから日本に帰国するときに、彼が「悲しまないで。また、いつどうやって僕たちの人生が交差するか楽しみにしていよう」という言葉がきっかけであった。

他の人から告白された私は、もし香港人の彼が本当に私の運命の人であれば、今この告白を受けたとしてもまたきっとどこかで結ばれるはずだ、だから今はオーストラリアと日本で一緒にいることができない彼とのことよりも、目の前にいる人のことを考えよう、という思いから告白を受け入れることにした。
しかし、それから付き合い始めた彼には11ヶ月後に振られ、ちょうど私が振られた月に、香港人の彼は他の人と付き合い始めた。

香港人の彼が他の人と付き合い始めたと聞いた時、私は「まぁ、そんなこともあるだろうな、なんせ自分も他の人と付き合ったくらいだし」と考えていた。
そしてその時もまだ彼のことを運命の相手だと思っていた私は、たとえ彼が今他の人と付き合っていようが、今後私と結ばれる日も来るかもしれない、と“信じて”生きていた。
しかし、それも虚しく、彼は他の人と付き合い始めてから1年後にその人と結婚した。

彼のことが本気で好きだった私は、彼が幸せなら、と彼の結婚を心から祝福する気持ちはもちろんあったし、今更彼と付き合いたい、とかいう気持ちはさらさらなかった。
しかしそれと同時に、私がすっかり信じ込んでいた“運命”というものが運命じゃなかったことを知り、それからは運命というものを信じられなくなってしまった。

仕事は、一生懸命やることが必ずしも報われるわけではない。心が折れた

そして仕事、という面では、一生懸命やることが必ずしも報われるわけではない、と気付かされてしまった。

大学卒業後、私は念願だった組織でドミニカ共和国で2年間、仕事をすることになった。
当時の私は途上国支援にとても興味があり、心の底から自分が何か途上国や他の国の人の役に立ちたい、と思っていた。しかし、ドミニカ共和国での仕事はそう簡単なものではなかった。

まず、言葉の壁があるのはもちろんのこと、自分の配属先の外国人上司と全く打ち解けることができなかった。それでも真摯に向き合えばわかり合えると信じて、様々な企画を提案したり、お菓子を作って行ったりして、なんとか良い人間関係を築こうとしていた。
しかしそんな努力は虚しく、挙げ句の果てに上司のミスを私のミスだ、お前は嘘つきだ、と罵倒されて遂に私の心は折れた。
それまではどんなに辛くても現地の人となんとか心を通わせて活動をすることが大切だと考えていたのに、それからはとりあえず深入りせず、頑張りすぎずに自分のやれることだけをやっていけばいい、と少し上司達から距離を置くようになった。

分かり合えると信じていたのに。様々なことから距離をとるようになった

そんなある日、違う事務所にいる日本人コーディネーターとの面談があり、日々の活動について相談できる機会があった。
これはいい機会だと思った私は、それまでのことを全て話し、今からでも状況をよくできるのであればなんとか現状を変えてドミニカ共和国に貢献したいという気持ちがあることを話した。
しかし、具体的なアドバイスは特になく、それどころか「お菓子を作って機嫌を取ったりする必要はない、なんの為にここに来たのか」といったことを言われてしまった。
それまで、少しずつ努力を積み重ねればなんとか分かり合える、と信じていた私は完全に信念を失い、そのコーディネーターからも距離を置くようになってしまった。

このようにして、今の私はあまり物事に期待せず、様々なことから少し距離を置くようになってしまったように感じる。
そんな自分に気づいた時、少し悲しくなるけれど、いつかまた純粋に物事を信じられる日が来ると信じて今日も頑張って生きていきたい。