毎年2月も近くなると、街がバレンタイン色に染まっていく。やたらとチョコレート菓子を見かけるなあと思ったら、もうそんな時期だ。
今となっては、世間の賑わいもよそに「あー、あったね、そういうの」と全くの他人事になってしまっている。
ただ、そうはいっても、この時期になるとつい思いをはせてしまうのが女子校時代のバレンタイン。もうかれこれ十数年前になるが、気付けばノスタルジーに浸っている自分がいる。
女子校のバレンタインというのは、どういうイメージを抱かれているのだろう。
イケメンの男の先生にチョコレートが殺到するとか?それとも、いくつチョコレートをもらえるかで熾烈な女の争いが起きるとか?
少なくとも私の通っていた学校では、そのどちらも違う。
私が知っている女子校のバレンタインは、ただ「自由」の一言に尽きる。
女子校のバンタイン交換会には、色々なものがお目見えして楽しい
バレンタインの朝。
学校に着いて教室に入ると、まず目に入るのは全机に一つずつ置かれたチョコレートだ。これではもはや誰からのチョコなのかも分からない。
が、置いた本人としては朝一でもうその日の仕事は終わっているので、それでいいのだろう。それに、とりあえず、これでみんな一つは確保しているわけだ。気楽でハッピーなやり方。
そして、ぞろぞろとみんなが教室に着き始めると、誰からともなくチョコレートやらお菓子やらの交換会が始まる。まあ、それはそれは色々なものがお目見えする。
よく知っている市販のチョコ、手作りの生チョコ、パウンドケーキ。マカロンをもらって「これ、家で作れるのか!」と思ったこともある。
バレンタインはチョコレート会社の戦略だとか言われるのもなんのその、チョコが1ミリもかかっていないクッキーだってある。
中には、大きなビニール袋に大量のマドレーヌを詰めて来て、「はい、取って!」と教室内を周回する子もいて、思わず「お前は業者か!」とつっこみたくなった(その子は家がパン屋だったので、あながち間違いではなかった)。
私は私で、それなら板チョコそのままの方が美味しかったんじゃないかという感じの、チョコを溶かして固めただけのものを渡したこともあれば、台所を地獄絵図のようにして母に呆れられながら、一生懸命チョコレートタルトを作ったこともある。
そして、交換会は1日中続く。
昼食後のスイーツにということで、昼休みにタッパー片手にケーキを配り歩く子もいるし、違うクラスで教室が離れているからということで放課後に「○○ちゃんいるー!?」と各教室を行脚して渡す子もいる。
渡すのも、渡し方も十人十色。だからこそ、最高のバレンタインに
とまあ、こんな感じで、何を渡すかもどう渡すかも人それぞれ。その辺で売っているお菓子を買う、とりあえず適当に作る、凝ったお菓子を作る、大量に持って来てみんなに配る、だいたい渡す相手を決めて用意する、一つずつラッピングをする、タッパーで持ってくる……などなど。
そして、どれが良いとか悪いとか、心がこもっているとかいないとか、そんなものはない。むしろ人それぞれ色々あるからいい。
手作りは嬉しいが、全員がそれをすると数日以内に大量のチョコレートを消費せねばならず、それはちょっときつい。市販の日持ちするものがあると、ゆっくり好きなタイミングで食べられる。「市販のチョコ様様!」と何度思ったことか。
タッパー系は大人数に配れるし、気楽でいいけれど、みんながタッパーで持ってくると、一体いくつその場でお菓子を食べることになるやら……。たぶん次の日、そろいもそろって顔中ニキビだらけで来ることになりそうなので、やっぱりラッピングされたものと両方ないと困る。
渡すものも渡し方も、十人十色。だからこそ、最高だった。
「普通のバレンタイン」に感じたつまらなさ。女子校の思い出は誇りだ
何でもありの自由な女子校のバレンタインは面白かった。
翻って、友チョコがかなり浸透しているとはいえ、まだまだ世間では「バレンタイン=女性が男性にチョコレートを渡す」というイメージが強いような気がする。
大学で共学になった時も、どうもそんな感じがして、なんだか「つまらんなぁ……」と思ったのが正直なところ。おかげ様で、冒頭にも書いたとおり、ずいぶん冷めた目で見るようになってしまった。
でも、やっぱり女子校時代のバレンタインを思い出すと、何だかほほえましい気持ちになる。これからも、その思い出を密かに誇りに思いながらこの時期を過ごそうと思う。