スナック菓子3袋、惣菜パン5個、ドーナツ6個、ハンバーガー2つ、ラーメン大盛り1杯。

⁡私の1食分おおよそ5000キロカロリーは、
甲子園高校球児1日の推奨カロリーに相当するらしい。

⁡10年続く過食症。
それはにわか雨のように突然わたしに襲いかかった。

味わうこともなければ美味しとも思わない。毎週襲い掛かる食欲の波

ある晩の日、身体の内側から巨大な食欲の波が押し寄せてきたのを、私は逃げるように深夜のコンビニに駆け込んだ。
⁡急いで買い物カゴに、サンドイッチや惣菜パン、焼肉弁当にパスタなど、目に入った食べ物を次々に入れたら再び逃げるように家に帰る。
「ただいま」と乱れた呼吸を整える間も無く、机に食べ物を広げ、そして無心になってそれらを口に運んだ。

⁡味わうこともなければ、美味しいなんて感情すらも抱かずに、ただ、時間が解決するまで飲み込み続けるSOS。
「誰か食欲を止めて!」と
叫んだ心の声は誰の耳にも届くことはなくて。

ようやく⁡波が引いたかと思えば、今度は
「食べてしまった」という現実と、
配慮のない体重計の数値に「死にたい」という罪悪感が再び私を襲う。
⁡深夜から明け方までのこの一連の症状は、
不定期だが毎週のように襲い掛かり、
その度に私と預金通帳を逼迫させた。

⁡⁡精神科に通い、関連した本を読み漁り、
可能な限り過食を克服する方法を自分なりに
探してはみたが、どれも効果は出なかった。
⁡放課後に「パンケーキを食べに行く」と
ミニスカートを揺らす彼女も、
「太りにくい体質なんだよね」と回転寿司で次々に皿を重ねていく痩身の彼女も、
沖縄の海で水着で泳ぎ青春を謳歌する彼女も、その全てが私には眩くて、手の届かない未来だった。

⁡いつ食欲のスイッチが入るか分からない私は、修学旅行も友達と食事にすらも行けない。
同級生のSNS流れる沖縄の海は、
私を襲う波の色とは違い、美しく色褪せていた。

「修学旅行の代わりに過食を楽しんで」同じ症状に悩む彼女からの言葉

「なんで自分だけ……」と
仰向けになりながら、死にたいと生きたいの狭間に揺れていたときに一通のメールが届く。
⁡「最近どう?」
⁡メールの相手は、ネットの掲示板で出会った顔も見たことのない友達で、私と同じ症状に悩む彼女は年代が近いこともあり、いつしか何でも話せる存在になっていた。

⁡「修学旅行やっぱり行けなかった」と
送り返すとすぐに彼女から返信が届いた。
⁡「修学旅行の代わりに
今日は過食を楽しんで。私も楽しむ」

⁡「過食を楽しむ」なんて修学旅行の代用品には不釣り合いだけど、私は友達の後押しもあり、普段なら買うことのない金色の包装紙に包まれた高価なチョコレートや外国産のオーガニック菓子を購入した。
⁡買ったらすぐに食べ歩き、味わうこともなく開けてしまうスナック菓子も、今日だけは特別にランチョンマットを敷いて陶器に盛り付けた。

⁡⁡「いただきます」と口に運んだチョコレートはカカオの力強い香りと優しい口溶け。
⁡「美味しい」
思わず誰もいない部屋でひとり声が出る。

⁡そして、一気にお皿のチョコレートを片付けた。

食べ物を存外に扱うことは、自分自身を雑に扱うのと同じだと思う

私は過食症だ。
⁡だけど、食べ物と丁寧に向き合い、食べることを楽しむ権利だけは病に託してはいけない。
⁡食べ物を存外に扱うことは自分自身の扱い方にとても似ているからだ。

⁡私は今日、誰よりも過食を一人楽しんでいる。
⁡この病気がいつ治るのか、克服できる未来は訪れるのか。入口も分からないのに出口の扉を探すことはより困難なことだとは思う。

⁡だけど、いつか私は過食症を克服する。
だって、にわか雨はいつかは必ず止むのだから。