「馬鹿だったよね」なんて笑い話に出来たのかな、いや、笑い話には出来ない
それは彼女にとっても、私にとっても。

次の日の朝、カスミは「昨日の夜、吐き気がすごくてトイレにこもっちゃってごめんね」とだけ言ってきた。
私は信じなきゃと思ってた。きっと彼女は今でも覚えているでも怖くて言い出せない。
本当は謝って「大丈夫だよ」って認めて欲しいだけだ。全部私が後腐れなく気持ちよくなりたいだけだ。

人を裏切るとその時は気付かないふりができても、相手に優しくされる度に自分はなんてことをしたんだろうとジワジワと自分で自分の首を絞めている感覚になる。
いや本当はずっと誰かに話したかった。
「幼なじみがウザイのだ」とでもずっと言えなかった。

「専業主婦」が憎かった、泥棒だと思った

小学生の頃、大流行したプロフィール帳交換
当たり前のように私達はやった。
好きな色も、好きな人も、読み通り、ただそこにひとつだけ知らない情報があった。それはカスミの「将来の夢は編集者」ということ。
知らなかった、知れて嬉しかった。

私は物心ついた時から物語を書いたり、絵を描いたりするのが大好きだった。
しかし、祖母に「作家で食べていこうなんで思わず、大人になったら公務員としてちゃんと働いて欲しい」と幼い頃から言われていた私は
作家なんて目指す事はまるで罪人のようなことなんだと思い込んでいた仕事が忙しい母の
代わりに祖母の手で育てられたと言っても過言ではなかったからまさしく刷り込み状態である。
そんな環境で育っていた私にとってカスミが編集者になりたいと言ってくれていたのはすごく嬉しかったのだ。

しかし中学二年の初め頃に彼女は言った
「専業主婦になるよ。だって働きたくないし」
その後何を話したのか覚えてない。ずっとピッタリ寄り添っていたものが急に消えた、崩れそうだった。
「専業主婦」が憎かった、泥棒だと思った。私の小学生の頃のカスミをどこにやったと。

修学旅行の夜、彼女の悪口を紙に書いた。本人にバレないように…

そんなときに修学旅行が始まった。
部屋班は私と、カスミ、大人しいカヤ、それとカスミととても仲が良かったのに修学旅行直前に絶交したサヤカの四人班だった。
サヤカはトラブルメーカーで、様々な女子グループでいざこざを起こしては弾き出され、私達の仲良しグループにある日突然入ってきた。
露骨に仲間はずれにされていたサヤカをカスミは同情して慰めた。そしてそのまま懐かれた。
案の定入ってきて数日後にカスミとサヤカは言い争いを起こし、修学旅行が始まるまでの数週間でサヤカはカヤにベッタリになっていた。
そして修学旅行当日サヤカはカヤから私に寄生してきた。「カスミも専業主婦もこの女も『寄生虫』だ」と思った。
初日はそのままホテルに入って4人それぞれの寝床を決めた。

サヤカの花の蜜は私達を狂わせていた。優越感を善意で隠して酔いしれてた。
全部花の蜜のせいにしたかった。
あの時専業主婦になりたいだなんて楽をしようとしたカスミへの軽蔑も全部、不快なのは私のせいじゃない。
私はこんなに頑張ってるのに中学生の癖に女を使おうとしてるのが許せない。

修学旅行の夜、カスミは1人だけ先に寝た。だから、私達はカスミの悪口を紙に書いて3人だけで読んだ。これならきっとバレないだろうと思った。
「ずっとしつこくついてきてウザイだった」
その一行を書いたら少しスッキリした。だけど本当は1番しつこくついて行ってたのは私だ。1人で叶える自信がなかった。「一緒にやりたかった」は綺麗事で、「ズルい」と思っていた。

仕事をしようとしないことも専業主婦の母親がずっとカスミの家にはいたことも一人っ子のカスミも夢を言っても反対することもないカスミのおばあちゃんも当時の私にはカスミに揃ってるものが全部ないと感じた
カスミは専業主婦になって、カスミの子供はまたカスミみたいに生きるのかと思うと腹立たしくて、憎くて結局羨ましかった。

悪口を書いている紙はビリビリに裂いて捨てようと決めていた。もっと酷いことを数多く書いていたのかもしれないが、思い出せない。
紙に書きながら私は体が熱くなって事はよく覚えていた。すごく興奮していたのだ
あの時私はどんなことを書いて、なにか口に出してしまっていたのだろうか。思い出せない。

私達は妥協に妥協を重ねて、ぶつかることもなく15年一緒にいる

少し後、寝ていたはずのカスミが突然起き上がって、「トイレ……しばらく使うね。気持ち悪くて……」だけ言ってしばらく閉じこもっていた。
血の気が引いた。
その後、朝までの記憶が一切ない。

「まさかずっと起きて聞いていたの? でも寝息が聞こえてたし、でも私が悪いんじゃない、私達をのせたサヤカが悪いんだ」
そんなことを思いながら朝、体を起こした。修学旅行は昨晩の記憶でいっぱいで楽しめなかった。
数日は気まずかったのに、その後はいつも通りの日々に戻った。
そして、それぞれ別の高校に入ってスグに記念プリクラを撮った、その時カスミが書いた
文字は「生涯親友」だった。

私達はぶつかる事もしない、ただ私達は妥協に妥協を重ねて、油染みが出来たようなそんな
関係でお互いに期待をしたり、しなかったりしながら15年一緒にいる。

結局私はただの大学3年生になって夏のインターンシップの募集用紙を見ながらため息をついている。
カスミは今や隣の大学で恋愛マスターと呼ばれており、相変わらず将来の夢は専業主婦だそうだ。
カスミの事を軽蔑し続けている私がいる。だが今の自分の姿は人のことを軽蔑出来るようなもんじゃない。
むしろ私が軽蔑される側なのだ。
惨めで油にまみれた醜い私がこの文を書くことでしか満足出来ないのだ
本当は少しも満足なんて出来ていないのに。