中学生にとって修学旅行は学生生活の一大イベントだ。
徐々に男女に関する噂も増えてくる学年でもある。
お祭りごとをより一層楽しむために、14歳の私には「彼氏」が必要だった。

新年度に転校してきたばかりの私は、すでに出来上がったコミュニティにうまく馴染めず焦りを感じていた。
周りを見渡せば幼稚園からずっと一緒なのが当たり前。
閉鎖的なローカル社会が生み出すしがらみに、新参者の私はそこにいるのがやっとで、もし目立とうものならすぐに仲間はずれ。探り探りの毎日だった。
そんなこんなで修学旅行まであと3ヶ月。ついに運命のXデーが真夏とともに訪れる。

数学の夏期講習帰りに夜道を歩いていた。
塾に駐車場はあったのだけれど、運転が苦手な母はいつも駐車スペースの広い近くのスーパーで買い物がてら私を迎えにきてくれていた。

人通りの少ない真っ暗な夜道、20時ともなると人の顔もはっきりとは見えない。
お店の明かりまですぐの角を曲がった瞬間、突然自転車が目の前に飛び込んできた。
私は間一髪で体を退き、勢いよく尻餅をついた。

見上げた先にいたサッカー部のやんちゃな彼。これが交際の始まり

見上げた先にいたのは、学年でも有名なやんちゃな男の子だった。
最悪のこの状況に、思わず血の気が引いた。
短髪をワックスでツンツンにした、隣のクラスのサッカー部。
太眉に黒目がちな瞳は、色白の肌を際立たせる。知っていたのはクラスが近かったからというより、2つ上の美人な先輩と大人な付き合いをしていたという噂を聞いていたからだった。
目が合っていたことに気づき、慌てて立ち上がって母の元に走った。

こんなスリリングな出会いから半年ほど、私たちは付き合うこととなるのである。

無事に修学旅行用の彼氏を手にした私には、安堵感しかなかった。
あわや自転車衝突事件の後、転校後なんとか入り込めたグループで仲の良かった子が共通の友人だったことでメールのやりとりが始まり、デートが決まり告白され、驚くほどトントン拍子で進んだ。
ハンサムだし人気者で、ものすごく優しい。それにうまくいかない人間関係と現実から逃げたい気持ちもあった。
申し分のない素晴らしい彼氏だったけれど、彼に対して熱情の高まりを感じたことは一度もなかった。

修学旅行は完璧。お揃いのお守りを買いツーショットを撮ったけれど

修学旅行は、大阪・京都・奈良の鉄板コースである。
初日に枕投げをして怒られたことを除けば、まさに計画通りの完璧な旅だった。
地主神社で彼氏とお揃いのお守りを買って、帰りの船では看板でツーショットを撮った。
慣れない自撮りをしたのは彼のインスタントカメラだ。だって私のだと現像したとき家族にばれてしまうから。

イベントが終わり、すぐに私たちは別れた。
あくる日メールであっさり伝えた別れの言葉を、彼はそのまま受け止めた。
私が全く恋愛感情をもっていなかったことを、彼は知っていたと思う。
それでも付き合っていたのは、ただ彼女が欲しかったのか、東京から転校してきた女の子をモノにしたかったのか、それとも本当に好きでいてくれたのか。その後ちゃんと関わることなんてなかったから、分からずじまいだ。

だけどきっと彼もまた、修学旅行を共にする理想のパートナーを求めていたに違いない。
学年の人気者と付き合った私は結果的に一目置かれる存在となり、一部そのせいでやな思いをすることがあったけれど、それからの学生生活はそれなりに楽しんだ。
彼氏はもうできなかったけれど。

大人になった私が今ならわかる、恋を始めるのを必死で拒んだ理由

大人になった私が中学生の私に一つ教えてあげられるとしたら、
始めなかった恋に振り回されたのは私の方だったということ。
夜中に何回もかかってきた電話も、部活中に抜け出して一人で帰っている私を送り届けてくれたことも、相手に夢中になるには十分すぎる出来事だった。

それでも私は自分を守るため、勉強しかとりえのない優等生の私は、見栄えのする彼氏という条件に集中するふりして、手の届かない憧れの人への恋を始めることを必死に拒んだ。
元カノはきれいな人だった。後輩にもファンがいた。本当に好きになって傷つくのは怖かった。

別れたいと言ったのは私だ。でも別れたくないと言わなかったのは彼だ。
ふった理由は、ふられた理由だった。