それは20歳の夏の日のこと。
SNSで知り合った一つ年上の友人と、夏祭りに行くことになった。
彼女とはSNS上でしか話したことはなかったが、住んでいる場所が近かったこともありすぐに話はまとまった。
待ち合わせ場所にいた彼女は思っていたよりも小柄で、無造作なパーマが当てられた短い髪にどこか少年っぽさを感じた。

ギュッと繋がれた手。私たちの間に流れる空気が変わったのが分かった

「犬派?猫派?」なんてオチのない話を繰り返していた時、突然「手を繋ごう」と誘われた。
私は内心ドキッとした。
彼女が同性愛者だということを知っていたからだ。
でも、私たちの間に恋愛的な空気は流れていなかったし、私自身も全くその気はなかった。
女の子は友達同士でも手は繋ぐし、考えすぎるのも変な気がして私はその誘いに合意した。
すぐにギュッと手が繋がれ、「手、小さいね」と彼女が言った。
その瞬間、私たちの間に流れる空気が変わったのが分かった。
友達としてきゃっきゃと触れ合っているのではないことは明らかだった。

人気がすくない場所に腰掛けると、その空気は更に色濃くなる。
彼女が私の口元に視線を移し、「キスがしたい」と迫った。
ストップをかけるならば絶対にここのタイミングだったのに、私の思考は追い付かず、無言が了承とみなされてしまった。
彼女の唇は柔らかくて、キスをされて嫌だという気持ちにはならなかった。
あまりにもキスを続けるから、私が「キスよりハグの方が好きだなあ」と言うと、「私もそうだったけど、キスが上手い人に出会ってからキスが好きなんだよね」と笑っていた。

その日は駅の改札口で、キス好きな彼女とハグをして別れた

「かき氷を食べさせて」とねだったり、人混みに揉まれる私をグッと引き寄せる彼女は、友人ではなく、完全に恋人だった。
「好きです、付き合ってください」の言葉なしに始まる恋愛って、こういうことなのかも、と腑に落ちて、私は彼女と恋愛をする気持ちでいた。

その日は駅の改札口でハグをして別れた。
一瞬「キスはしてくれないのか」と思ってしまった自分に驚いた。
キスが好きだと言っていた彼女に、完全に踊らされていた。
電車の中で「今日はありがとう」とLINEをしたら、一秒後に「次楽しみだね」と返事がきた。
次があることが、とても嬉しかった。

翌日は仕事だったが、彼女とのことがずっと頭を離れずにいた。
バスに乗りいつものカーブを曲がった時、彼女からLINEが届く。
通知欄を見ると、「昨日はありがとうございました。」というなぜか敬語の文章が見えた。
私はまたドキッとした。
嫌な予感がした。
メッセージを開くと、「昨日はありがとうございました。実は今遠距離の恋人がいて、その人に嫉妬させられていて、むしゃくしゃしてキスしたりしてしまいました。最低なことをして申し訳ありません」と書いてあった。

彼女から別人のようなLINE。朗らかで明るい彼女はどこにもいない

トーク画面を開いたまま、私はしばらく呆然としていた。
そして、彼女が話していた「キスが上手な人」は現在の恋人なのだろうと察した。
一連の出来事を思い出すと、浮かれていた自分が惨めで痛々しい。
それなのに、頭のどこかで「友達として今後も会いたい」と思っている自分もいた。
もう友達に戻れるわけはないが、このまま会えなくなるのは嫌だった。
私はなんとか関係を修復しようと、「私も恋人の有無を聞かず誘いに乗ってしまってごめんなさい」と返信をした。
が、彼女からは「謝らないでください。今後こういうことがないようにします。すみませんでした。」と相変わらず別人のようなLINEが届いた。
昨日の朗らかで明るく、キスが好きだと笑っていた彼女はどこにもいなかった。
ほどなくして彼女はLINEを消し、私もSNSを辞めた。
そうして私たちの関係は終わった。
何も始まってはいなかったと、自分に言い聞かせた。

もし、もう一度彼女に会うとしたら、私はどんな顔をして彼女に会うだろうかと考えることがある。
あの日のことを責めることも、笑い話にしてしまうことも、どちらもできないような気がする。
だが、ただ一つ、これだけはどうしても言ってやりたい。
「私はある人のおかげで、ハグよりキスが好きになったよ」と。