出会いは焼肉屋だった。
あの頃、恋愛が全くうまくいかなくて、しばらく恋に張り切るのをやめようと思っていた私は、会社の先輩と華金を過ごしていた。

大柄な男性の後ろに見えた、メニューを眺めるあなた。一目惚れだった

知人にお勧めしてもらったお店はカウンターに4人、奥に1グループが入れるだけのとても小さな店だった。年季の入った店内は換気扇も全く効いていなくて、おしゃれな先輩を誘うには場違いだと入った途端に反省した。
カウンターに通されて、とりあえずタンやカルビを頼む。
「飲み物のお茶はタダだからね~」
そう言いながら店主と思われるおばあさんが、2Lのペットボトルに入ったお茶を出してくれた。
見た目は怪しいお店だったけれど、焼いたお肉はとてもおいしかった。
先輩と仕事や最近読んだ本、はまっているドラマについて話していると、こうやって時間を過ごすのもいいなと思った。
ふと、隣の男性二組のお茶がないことに気づいた。

「よかったら、これどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
手前の男性が軽く会釈をしながら私の手のペットボトルを受け取る。
「よく来るんですか?」
「いえ、今日が初めてで、入ったときは正直、大丈夫かなって不安になっちゃったんですけど、お肉すごくおいしくて最高です」
そう返答していると、手前の大柄な男性の後ろに、華奢で端正な顔立ちのあなたがメニューをぼーっと眺めているのが見えた。
一目惚れだった。
さっきまでもうしばらく恋はしないと考えていたのに、そんな自分は一瞬でいなくなってしまった。

努力もむなしく、一言二言くらいしか言葉を交わせず、店を出た

それから先輩との話に間ができると隣の席の2人を巻き込んで話した。きっかけが欲しかった。
しかし、努力もむなしく、あなたはこちらに全く興味がないようで一言二言くらいしか言葉を交わせなかった。
「あ~、めっちゃタイプだったのに~~~」
お会計を済ませて店を出た私は、先輩にそう言って帰り道、愚痴をこぼした。
先輩は笑いながら煮え切らない私をなだめてくれた。
「そんなにうだうだするなら、ラウンドワンにでも行く?」
先輩の提案に賛成して、私たちは近くのラウンドワンのゲームセンターをぶらぶらした。

「あ、すいません」
ふざけていた私は店内で別のお客さんに当たってしまった。
「あ、さっきの」
顔を上げると、先ほどの焼肉屋の隣に座っていた話しやすい男性だった。
「どうも」
そう返しながら、奥に座っていたあなたが近くにいないか探す。
「もしかして、一緒にいたあいつのこと、気になってる?」
私の様子を見て男性が尋ねる。
「実は、そうなんですよ。すごくタイプで」
笑いながらそう白状すると、連絡先を教えてもいいか聞いてくれることになった。

キスをして、あなたは「付き合おう」って言ってくれたのに

それから、メールを交わす日が続いた。
ラインが主な連絡手段として定着してきた頃にもかかわらず、あなたはガラケーを使用していた。メールなんて高校以来だったが、既読を気にせずに文章を何度も読んで返信をじっくり考えられていいなと思った。
昔、アルコール依存症だったこと、心を壊して大学を中退したこと、キリスト教徒であること、いろいろな話をしてくれた。飾らない文章もあなたらしかった。
2度目に出かけたとき、夜景を見に行った。
勇気を出して告白したけれど、ダメだった。
でも関係が壊れるわけではなくて、家に遊びに行ったりメールや電話をしたりするのは変わらなかった。

いつだったかは覚えていない。多分、あなたの家で話をしていた時だったよね。
理由もきっかけも覚えていないけれど、あなたにキスをしたことだけは覚えている。
そのあと、あなたは「付き合おう」って言ってくれたのに、私はうまい返事ができなかった。
歯車が狂ったのはこの時だったのかな。
あなたに送ったメールに返信が来なくなった。

“せめて本だけ返してください”
あなたに貸した本を言い訳に返信を待った。
“本はポストの中に入れてあるから
ごめんね、距離が近すぎるから接触するのが恐くなって無視しちゃって”

付き合おうという言葉にイエスと返せなかったのは、私も恐かったから

もう4年も時間が経っていた。最後のメールだけは取ってある。戒めとして。
もしも、あなたに会えたのなら、私も同じだったよ、と伝えたい。
あの時、付き合おうという言葉にイエスと返せなかったのは、私も恐かったからだ。
付き合ってしまえば、別れる日が来ることも。
キス以上のことが自分にできるかわからないことも。
あなたの興味がいつか私以外のだれかに向くことも。
自分の心が変わってしまうことも。
すべてが恐かった。

今でも私はあの頃と変わらずに、恐くても曖昧に笑ったり気丈に振舞ったりしてしまう。
多分、性分なんだと思う。
いつか素直になれたとき、あなたを好きだった私も救われるかな。
あなたも無視という手段でなく、素直に恐いと言えるような相手に出会えますように。