彼氏とお別れをすることになった。恋を始めて6年、付き合って2年半。高校から大学の今に至るまでの青春の大半を、わたしはその恋と生きてきた。大切な思い出、大事な人。別れを告げたのは私からだった。
付き合うことが決まったあの日から、わたしの毎日に「あなた」がいた
最初は、ただ同じ部活にいる同期のひとりだった。それがある時趣味が同じであるとわかり、だんだんと個人でLINEをするようになった。
もともとマメなあなたは、絶対に5分以内に返信が返ってきた。部活で落ち込んだこと、テストの点が良かったこと、親と喧嘩したこと。全部話した。好きになったし、わたしのこと好きだろうと思っていた。
それでも高校3年間はキスもハグも、手を繋ぐことすらもなく幕を閉じた。わたしは実家からほど近い大学に、あなたは、県外の遠い大学への進学が決まった。
どちらからともなく「もう付き合っとくか」と言ったのは大学入学から1年。わたしは長期休みの度に、片道5時間と1万円をかけてあなたの家に行った。3日間泊まってから、帰る日の朝は帰りたくないと泣いていた。
毎日LINEと夜の長電話を繰り返した。大喧嘩をしても謝って許したし許された。何ヶ月も会えなくても、会えるたった1回を心待ちにしていた。
寂しくてたまらない日には、「あなたがいないと生きていけない」と送った。あなたも「一緒に生きていきたいね」と送ってくれた。あの日々には確かに、毎日に「あなた」がいた。
その日常は、コロナで一変した。
コロナ禍で会えなくなったあなた。毎日のLINEは3日に1回に…
県外に住んでいるあなたは、地元にほとんど帰ってこれなくなった。わたしも看護科だったから、自由に動くことができなくなった。一切会うことがないまま、次に会う目処すら立たず、毎日ちょっとしたLINEだけが続いていた。
あなたは毎日の研究と卒論に、わたしは実習に追われるようになった。どれだけ忙しくても続いていた毎日のLINEは3日に1回になり、夜の電話はめっきりしなくなった。いつ会えるかすらわからない、ただそれだけで、わたしたちの心はどんどん離れていった。
ある日、コロナ禍での大学生活を送る中で、ひとりの友人と出会った。
彼女とは趣味も、話のテンポも、生活リズムもよく似ていた。毎日の忙しい時間の隙間にLINEをするようになった。休みの日には電話をした。コロナが終わったら酒を飲もうと約束した。
なぜ3年も同じ大学に通っていて、もっと早く出会えなかったのかと悔いた。あなたへのLINEの回数が減っていった。
「別々に生きてみませんか?」私たちは一緒に生きられる人を探していた
コロナが少し落ち着いて、わたしは彼女と一緒に観劇に行った。初めて見る世界に心を奪われた。あなたからのLINEに返事をするのが、億劫になっていった。
次の観劇はひとりで行った。人生で1番と言っていいほどに楽しかった。マメなあなたからのLINEの返信は、2日に1回になった。
LINEは3日に1回から1ヶ月に1回に減っていく。お互いが今何をやっているのかすら知らない。それでもわたしはあなたのいない日々を、コロナで不自由しながらもめいっぱい楽しんでいた。 SNSを見る限り、あなたもわたしのいない世界で楽しそうに笑っていた。
わたしはあなたに「あなたがいなくても生きていけるかもしれない」と送った。
既読がついたのは2日後。返信はない。
「別々に生きてみませんか」と送った。2時間後に「わかった」と返信が来た。
こうしてあっさりと、6年通ってきた同じ道が途切れた。
たぶん、わたしたちは高校のあの日から、「一緒に生きられる人」を探していた。一緒に生きられなくなって初めて、あなたがいなくても、案外立てることに気づいてしまった。
あなたも、きっとそうだ。だから別れてすぐに、おそろいのアイコンが猫の写真に変わったんだろう。なんの未練もなく、なんの思い入れもなく。
きっとわたしたちは、この恋をいい思い出にすることができるのだ。
穏やかで優しいあなたが、私のいないところで幸せな人生を送ってくれますように。