これは私の5年間のお話。
地元の高校の同級生だった彼は卒業後、海外の学校に入学し、私は東京の大学へ進学した。それから私は彼を、心のどこかでずっと想っていた。

「また会おうね」。握手を交わし約束したことが脳裏に焼き付いている

大学へ進学してから一度だけ、東京で彼と会った。帰り際に、
「絶対また会おうね。約束」
なんて握手を交わしたことが脳裏に焼き付いている。私の彼に対する想いが「好き」だということに気付いたのはその後のことだった。
好きだと気づいた私は、彼のインスタのストーリーにリアクションをしてみた。すると、メッセージが届き、そこから会話が続く。彼とのやりとりが毎日の日課になっていた。
1年以上続いたくだらない話の中で、彼が一時帰国することを知った。海外の大学は卒業時期がズレており、日本で就職活動をしながら、学生時代最後の夏休みを謳歌するんだと意気込んでいた。
そのメッセージを見ながら私も意気込んだ。やっとあの日の約束が果たされる。想いを伝えよう。
「日本で待ってる。また東京で会おうね!」
と返信をした。
そして会う日の候補が決まり、彼が海外でも就活をしているのを知っていた私は、就活で忙しいだろうから、とやりとりを一旦終わらせることを持ちかけた。
帰国するまでの間、彼とのやりとりがなくても頑張れた。仕事はもちろん、ジムに通い、嫌いだったネイルをして、自分の顔に合うメイクも研究した。洋服も、彼が好きそうな服を着るようになった。少しでも自信を持った私で再会したかったから。

会う日の話が進まず、何となく予想していた。彼は東京に来れない

そして訪れた夏。ただいまという文字とともに彼のストーリーが更新された。
私は以前のようにリアクションをした。そしてまた、くだらないやりとりが続いた。
彼は地元に帰っていたが、最終面接で東京に来る予定があるらしく、会う日が決まった。その日が近づくにつれ、私の気持ちは高まった。長い間彼のことが気になって、それが「好き」だと気づいて。
一度だけ彼氏がいたこともあったが、耐えられずに数カ月で別れた。時間が経つにつれ、私の中で彼の存在が大きくなっていた。
あと1週間。私は美容院にいた。あれから会う日の話をあまりしていなかったため、少し気になって聞いてみた。
「そういえば来週、東京来るんだっけ?」
なぜか「来るんだよね?」とは聞けなかった。返信は思った通り。
「東京には行けなさそう」
私は自分に言い聞かせるように、
「また今度だね」
なんて絵文字をつけて返信をした。
「ごめんーありがとー」
という返信が彼らしかった。就職のために上京してくるなら、焦って今会う必要もないだろうと思った。そしてまた、いつものふざけたことを言い合うやりとりに戻っていった。

約束の日が過ぎ、8月になっていた。ある日、私はいつも通り彼に返信を送ろうとインスタを開いた。なぜかとても嫌な予感がした。
目の前にはいつもと同じふざけたメッセージ。でもなぜかいつも通りに笑えなかった。このモヤモヤは一体何だろう、と私のフォロワーを確認した。
普段はあまり見ないようにしていた子のアカウントが私を惹きつけた。高校時代、私と彼のクラスメイトだった女の子のストーリーを見てしまった。彼女の視点から撮られた写真だった。
男の子が2人に女の子が1人、全員見覚えがあるクラスメイト。みんな上京している子たちだった。

私は、ようやく気付いた。この恋は私の独りよがりだ

私は血の気が引き、涙が頬を伝った。そのうちの一人に、彼がいた。
東京には来れないんじゃなかったの?その子たちとは会うのに私とは会ってくれないの?いろんな想いが頭を駆け巡る。私はメッセージの返事を返せなかった。

それから時が経ち、今年の1月、また彼が帰ってきた。今回は完全に帰国したらしい。私は懲りずにメッセージを送ってしまった。
彼を無理矢理信じようとして。また返信が来てくだらない話が続く。
今度は向こうから、東京でご飯を食べようと誘ってきた。私と彼と、仲の良かった地元の友だち4人で。でも、私たち以外の2人は地元で働いている。ご時世的にも会うことは難しいだろう。ありのまま、思ったことを送った。
だったら2人でなんて言ってくれないかな、ほんの少しの期待を込めて。
でも、彼からの返信は、地元にいる2人に関する質問ばかりだった。

私は、ようやく気付いた。この恋は私の独りよがりだ。勝手に期待して、メッセージを送って、優しく振舞って。それなら、中途半端に優しくしないで、とことん冷たく接してよ。あの日、「絶対」なんて約束しないでよ。

これで最後。彼ではなく、彼を想い続けた私自身に別れを告げよう

それ以来私は、絵文字をあまり使わなくなった。返信の頻度も1週間に1回程度になった。
いつかこのくだらないやりとりを終わらせなければならない。でもそれは、自分の中にある愛や優しさ、希望との別れでもあった。あまりに悲しくて、辛くて、苦しくて私は何日も返信をできずに、毎晩一人で泣いていた。

そんな私の背中を押したのは、またしても音楽だった。私の人生のターニングポイントには音楽が欠かせないなと、つくづく実感する。いろんな曲が心に響いたが、最も強く私を動かしたのは最近知ったバンドの曲だった。人は出逢うべくして出逢うとはこのことだろう。
その曲は、別れを告げる勇気をくれた。彼ではなく、彼を想い続けた私自身への別れを。何度も何度も聴いて、ようやく決心がついた。
これで最後にしよう。私はスマホを手に取った。そして、コーヒーが苦手だという話をしていた彼に、
「まだまだ子どもだね」
と送った。返信は来ていたが、返さなかった。

もし、あの子のストーリーを見ていなければ、まだ彼のことを信じられたかもしれない。
もし、彼が私と会ってくれれば、私はまだ彼のことを好きだったかもしれない。
もし、私がこの恋の身勝手さに気付かなければ、彼の隣で笑う未来が待っていたかもしれない。
もし、これら全てを知りたくないといって目を瞑ってしまえれば、私は彼と幸せになれたのかもしれない。

でもそれは全部、私の夢物語でしかないことを知ってしまった。

昨日、彼がストーリーを載せていた。コーヒーの写真だった。
また私がリアクションをするとでも思ったのだろうか。そんなことを考えながら、冷めきったコーヒーを飲み干す。
目を覚ますために。