初めての上司のあかりさん。叱られてばかりで心底苦手だった

私にとって人生で初めてのアルバイト先の、初めてできた上司があかりさんだった。私より二つか三つ年上で、少し太めに引いたアイラインが印象的だった。

姉の真似ばかりして、自分で考えて動くということをしてこなかった私は、自分でも驚くほど気が利かず、シフトに入るたびに叱られた。ミスをしたくなくて、水分補給に行くふりをしてしょっちゅう厨房裏に逃げた。それを見つけられてまた叱られた。あまりにも毎度の光景だったので、店長からは面白がって犬猿の仲だと言われていた。

仕事中は、眉間にしわを寄せ、顔を歪めながら舌打ちまでしてくるのに、仕事が終わると怒ってごめんと本当に申し訳なさそうに謝ってくる。その真っすぐさすら偽善と捉えるほど、あかりさんのことが心底苦手だった。

「良い接客」は人を好きになることから始まると知った、あかりさんの仕事ぶり

その小さくて細い体のどこにそんな力を貯められるのだろうというくらい、あかりさんはいつもパワフルだった。

おはようございますと大きな声で出勤し、お疲れ様でしたと同じ声量で退勤する。何もせずぼんやりする姿も、休憩時間に仮眠する姿も、私は一度も見たことがない。

口では疲れたと言うけれど、疲れをひけらかすようなことは絶対にしない人だった。お店をテッペンに連れていくという野望を抱き、どんなに店長に叱られても、料理長から当たられても、そのエネルギータンクは底すら見えなかった。

「私がお店の顔になる」というのがあかりさんの口癖だった。実際、あかりさんに会いにお店を訪れるお客さんがいるくらい、その接客は人の心に残る美しいものだった。

お客さん同士の会話から記念日だと分かれば、デザートプレートにお祝いのメッセージを施す。バッグから薬を取り出すのを見かければ、食後に氷の入っていないお水をサーブする。本当に私と同じ数の目と耳がついているのか疑うくらい、常に隅々までレーダーを張っていた。

人をよく見て、その人が何を欲しているのか、何をしてもらったら心地良いのかを想像する。初めて会ったお客さんにも、自分の家族や友人のように愛をもって接する。「良い接客」とは、人を好きになることから始まるのだと知った。

就職活動前の最後のアルバイトの帰り際、私が好きだと言ったアイスを、コンビニに置いてある分全部買ってくれたあかりさん。
卒業時にくれたお手紙に、人に教えることの難しさを教えてくれてありがとうと書いてくれたあかりさん。
初めてのボーナスで買って贈ったお菓子を、その心遣いが嬉しいと涙ぐんで喜んでくれたあかりさん。
どんなマイナスなことも、自分のプラスの力に変えることができるところが、あなたの一番の才能だと思うと言ってくれたあかりさん。

突然の別れ。最後まであかりさんはあかりさんらしかった

社会人になってもうすぐ四年経つが、あかりさんほど愛に溢れた上司に私はまだ会ったことがない。たぶんこれから先、出会うこともないと思う。

電話の向こうで店長が泣いていなければ、私はきっとセンスのない冗談だと信じることができただろう。二〇二二年が始まって、まだ二日目のことだった。

最悪の年明けを嘆き、ずっと深く沈んでいたかったが、あかりさんが見つけてくれた長所のせいで、そこに居続けることができなかった。
そんなこと身をもって教えてくれなくていいのに。あかりさんのために喪服なんて買いたくなかったのに。たくさんもらった愛を、私はまだちっとも返せていないのに。

それなのに、突然やってきた病にあっさりと連れていかれた。自分をこの世から引き離そうとするものにさえ、慮ってしまったのだろう。それは間違っていると思います、と今度は私が叱りたい。
あかりさん。私はやっぱり、あなたのことが苦手です。