それを知らなければ、綺麗な思い出となっていたのに。

私は小学生まで友達がいなかった。母の過干渉により、勉強を最優先していたからだ。放課後に誰かと遊んだことがない。速やかに帰宅し宿題をしなければならないとされ、幼い私は律儀に守っていた。
勉強の妨げになるからと、テレビもゲームも漫画も制限されていた。そのため休み時間にクラスメイトが話す話題に、全くついていけなかった。
一緒に遊ばない、話もつまらない。そんな人間に友達ができるはずもなく。地味なガリ勉として生きてきた。

中学生になり、私は自我を持ち始めた。言いつけを無視して放課後、クラスメイトと他愛もないおしゃべりをしてみたり。お小遣いがもらえるようになったので、漫画や雑誌を買ってみたり。少しずつ、中身のある人間に近づいていった。

尊敬していて大好きだった、私にはないものを持っている初めての友達

初めてできた友達は、整えられたショートカットの髪が艶やかな人だった。
成績が近かったので、始めは授業やテストのことを話していた。すぐにそれだけに留まらず、様々な話題に広がった。
私には音楽やテレビ、漫画といった、今まで規制されてきたものについて浅い知識しかない。すぐに何それ、となる私に彼女は嫌がらず丁寧に説明してくれた。お互いの家に行くようになり、一緒に楽しむようにもなった。
仲が深まるのはとても早かった。休み時間は毎回、どちらともなく隣合っておしゃべり。ハグは挨拶。手を繋ぐこともある。そんな風にすぐなった。

彼女の曲がったことが嫌いで、納得いかないことには相手が誰でも物申すところ。将来なりたい職業を見据え、勉強に励む姿。サブカルにも通じていて、おすすめを一緒に楽しんでくれる優しさ。
私にはないものばかり。尊敬していた。大好きだった。友愛の中に恋も入り混じっていた、と思う。
しかし、進級によりクラスが離れ、彼女と話すことはなくなった。廊下ですれ違っても、各々親しい友人と一緒にいる。それでも私は彼女に視線を向けてしまうが、目が合うことはなかった。寂しさを感じるも、こちらを見てくれない彼女に話しかける勇気は持てなかった。

友人から聞いた彼女のブログの噂。調べてみると出てきたのは…

ある日、私の友人が「噂なんだけど」と話し始めた。
「知ってる?隣のクラスの子がやってる、やばいブログ」
それは特定の個人への罵詈雑言ブログらしい。そして、隣のクラスの子とは、彼女のことだった。

信じられない。だって、彼女はあんなに素敵な人だ。誰かの勘違いでこんな噂がたってしまったのだろうか。でも、万が一本当のことだとしたら。
その日の夜、私は自宅で父のパソコンと向き合っていた。調べたいものがあるの、と言って借りた。やばいブログ。URLもブログタイトルも知らないけど。見つからなければ、あの噂はきっと誰かの勘違い。祈るような気持ちで、インターネットの検索エンジンを開いた。

あっさりと見つけてしまった。
かつて何かの話の流れで彼女が言っていたハンドルネームと、いくつかの思いつく単語で。ブログ記事を読む前に、自己紹介ページを読む。ほぼ確実に、彼女に間違いない。彼女の知り合いが騙ってる可能性もある、と縋ったのは逃避だろうか。

内容は酷いものだった。クソ、いなくなれ、死ね。幼稚で鋭利な言葉。
それを向ける特定の個人は、知っている人が読めば誰かが分かってしまうように書いてある。一番最初に、私に対してではなかったことに安堵した。そう思ったことに浅ましさと後味の悪さを覚える。

突きつけられた事実と、「嘘」と思いたい気持ち。思い出が歪んでいく

知ってしまった以上、責任が発生する。悪意を向けられている人も同じ学年で、クラスが違うが同じ塾に通っているので、何度か話したことがある。
正しい行いは、きっとこのブログの存在をその子に知らせること。そして然るべき大人に相談し、解決に向けて動いてもらうこと。

でも臆病な私は、何もできなかった。醜悪なブログを見ても尚、彼女への思慕がなくならない。これを表沙汰にして、彼女に嫌われたら。想像するだけで手足が冷たくなる。今はもう挨拶すらしない、友人とも呼べない遠い距離なのに。

それから少し経ち、学校でこんな話を聞いた。生徒がブログに悪口を書き、問題になった。相手とその親と話し合いになった。いじめが、ネットリテラシーがうんぬんかんぬん。

ああ、あのブログは本当に彼女が書いていたんだ。突きつけられた事実は、今も嘘と思いたい気持ちによって宙ぶらりんになっている。だって、私の初めての友達は、とても素敵な人だったから。
思い出は歪んでしまった。それ自体は綺麗なままだが、取り出すとあの時読んだ文章もついてくる。
彼女の人柄に惹かれていた過去を踏みにじられたような逆恨み。あんなブログを書いてしまわないよう、私に何かできたのではないかという傲慢。

いっそ、知りたくなかった。でもそれも未熟で浅慮。