恋人がいなくても幸せだった学生時代。自立した関係が理想だった

「幸せにしたい」と言われたとき、既に私は幸せだった。
しかし、今となっては、幸せが何か分からない。

高校生の頃、恋人がいなくても幸せだった。勉強と部活が世界のすべてだったから、「恋人がいない自分」を自然な存在として受け入れていた。それに、人と付き合うことの意味がよく分かっていなかったのだと思う。好きな人はいたけれど、友達の肩書を捨ててまで告白しようとは思わなかった。
人と付き合うことの価値を問う私に、初めて納得できる答えをくれたのは、大学で出会ったゲイの友達だった。彼は「自分を無条件で愛してくれる人が家族以外にもいるって、すごく幸せなことだよ」と私を諭すように微笑んだ。地元では本心を親にも言えなかったから、上京してすごく生きやすいんだと笑う彼の言葉は、説得力を持って私の胸に刺さっていた。

今の恋人と付き合おうと思ったのも、彼の言葉があったからだ。「君を幸せにしたい」と言う彼に、私は「別に、今でも幸せだよ」と言ったけれど。照れ隠しでも何でもなく、本心で場を白けさせていたけれど。友人として長くそばにいたいと思っていたから、失礼な話だが試しに付き合ってみることにしたのだ。

付き合い始めは互いの優先順位も割ける時間も違って、特に「恋人ができると時間の使い方が変わるものなんだ」と理解していなかった私が誘いを断っていた。そんなときには、「私は恋人との時間も大切だけど、ひとりの時間も友人や家族との時間も大切にしたい。『1人でも幸せだけど2人でいたらもっと幸せだよね!』みたいな、自立した関係が理想なの」と語っていた。

仕事に馴染めず適応障害になった私は、彼氏に依存していた

数年が経って社会人になり、コロナ禍で生活のすべてが変わった。寮を出てからは友人に会えず、もちろん地元で暮らす家族にも。仕事は毎日リモートワークで、会社に属している意識はなかった。いつしか会話相手は、一緒に暮らすようになった彼だけに……。

追い打ちをかけるように、仕事が原因で適応障害になった。数ヶ月間のニート生活、先が見えない毎日、ひとり部屋にこもる日々……。ひどく落ち込みやすくなり、人の感情を深読みしては傷ついていた。例えば、ちょっとした価値観の違いを指摘されるだけで、「日頃から嫌な気持ちにさせていたのかも。きっといつか捨てられる」と考えてしまうように。
この時、既に彼は「好きな人」ではなく、執着の対象に変わっていたのだと思う。

言い訳がましいが、生活のすべてが少しずつ、良くない方へ歩を進めていたような気がしてしまう。これさえあれば、という機会や人とのつながりがなくなり、私は気づけば恋人に依存していた。

別居の提案と2人の未来、思い出した理想の形

同棲を始めて1年と少し、アパートの更新について何気なく話していたら、「次は別々に住んでみない?」と提案された。一瞬で飲み込まれそうなネガティブの波を、浅い呼吸でやり過ごす。理由を聞くと、「仕事に集中したいから職場の近くに住みたい」というシンプルなもの。彼の職場は都心だし、私はリモートワークな上に窮屈な都心は苦手だ。それならば、それぞれ理想の暮らしを追求する期間を設けてもいいんじゃないか、という提案だった。

いいね、と一応の返事をして、押し寄せる波に備える。私と暮らすことに疲れたのかな、こんな陰湿な女と2人暮らしはしんどいよね、いきなり別れを告げると私が病んじゃうから、少しずつ距離を置こうとしているのかも……。誰も発していない言葉が、誰も発していないのに脳内を駆け巡る。

これ以上重い女になりたくないと、涙だけは流すまいと決めて彼と向き合った。生まれては消える真っ黒な感情のなかから、伝えるべき言葉をすくい上げて彼に伝える。私はこの先も一緒にいられたらいいなと思っていて、そのために今の自分を変えたいと思ってる。2人でいられる未来に向かって頑張りたいと思っているけど、どう思うかな。
結局のところ私は泣いていて、ほとんど私をなだめる時間だった。しかし、話し合いの末に彼は、「『1人でも幸せだけど2人でいたらもっと幸せだよね!』が理想だったよね。またそうなれるように2人で頑張ろうよ」と笑った。

執着しない愛を育めるように。ひとりの時間を経て、成長したい

彼との毎日に未練はあれど、今は初めてのひとり暮らしをポジティブに捉えている。そういえば死ぬまでに海沿いの町で暮らしてみたかったし、深呼吸をしたくなるような空の広さが、自分が生きる場所だと思っている。
正直に言えば、おならもゲップも気にせずしたいし、毎日シャワーを浴びるのは億劫。このエッセイだって彼に隠れて書いているし、創作に没頭する時間が増えたらいい。
うん、ひとりになってやりたいこと、意外とあるかも。

「離れて暮らすの、楽しみになってきたよ」と彼に言うと、口では寂しいと言いながらもどこかホッとしていた。彼は数週間帰省するときでさえ、私をひとりにするのがすごく怖かったらしい。ネガティブで不安定だった私を1人にしたら、どうなるのか分からなかったと。かなり心配をかけたようで心が痛むけれど、数ヶ月後にはきっと笑い話にして見せる。忘れていた「理想の2人」を思い出したから、私はもう大丈夫だ。

ひとりでも幸せだった頃のわたしが、遠くからこちらを覗いていた。