「正直、あんまり性欲ないんだよね……」
ある時、パートナーから言われた一言。
そうか、人って、たった一言で頭が真っ白になることあるんだ……と、久しぶりの感覚をどこかで冷静に味わっている自分がいた。
最後にこんな感覚になったのは、親に嘘がばれて怒られた小学生の頃だったろうか。あの時は何で怒られたんだっけ――。
彼女の言葉を聞いて咄嗟にあふれたのは、「恥ずかしい」という感情
当時、パートナーとは出会ってまだ一ヶ月目。
私にとって初めての、同性の恋人だった。
同性とはキスすらも初めてで、夜の営みについても知らないことが多く、その道では先輩ともいえるパートナーを頼りにしながらお付き合いをしていた。
好きだから、当然、体を重ねたいと思っていた。
彼女もそう思ってくれていると信じていた。
ところが、ある自宅デートの折にさりげなくベッドに誘うと、「ごめん」と前置きした上での冒頭の一言。
「若い頃はそうでもなかったんだけど、最近あんまり性欲が無くて」
「だから今まであなたと寝た時も、正直そういう気分じゃない時が何度かあって」
「でもあなたをがっかりさせたくなくて黙ってたの」
思考がフリーズしている私に、追い打ちをかけるような彼女の言葉。
咄嗟にあふれてきたのは、「恥ずかしい」という感情だった。
そんなふうに彼女に気を遣わせていたのが恥ずかしい。
自分ばかりが性欲が強いみたいで恥ずかしい。
彼女が私の身体に欲望を掻き立てられているだろうとうぬぼれていたのが恥ずかしい――。
体の関係だけが全てではないとはいえ、私にとっては重要な愛情表現
次々と襲ってくる恥ずかしさとショックのあまり、泣いてしまった私を彼女は優しく慰めてくれた。
「ごめんね、こんなこと言いたくなかったんだけど、あなたとは正直に気持ちを伝えあえる関係になりたかったから」
そんなことを言われたら、彼女ばかりを責めるわけにもいかない。
私こそ無理させてごめんね、と泣きながらひたすら謝るしかなかった。
できることなら、知りたくなかった。
体の関係だけがパートナーシップではないとはいえ、私にとってはそれが重要な愛情表現の一部であることに変わりはない。
私ばかりが彼女を求めているのか?
彼女は私をそこまで熱烈には愛してくれていないのか?
考えてもどうしようもないことばかり、ぐるぐると考えてしまう。
負のループに陥った結果、彼女がスキンシップをとろうとしても「でも私と寝たいとは思っていないんだ」と被害妄想のような状態になり、彼女の手を拒んでしまうことも何度かあった。
何度も話し合い、私達は「性的役割」という固定観念を捨てた
あれから数ヶ月が経った。
私と彼女の関係は、「あのこと」を知る以前よりも上手くいっている、と思う。
きっかけは、彼女と話し合いの場を設けたことだった。
私は彼女に、自分が考えたことを正直に伝えた。
あなたの性欲についてはわからないけど、私はあなたのことが好きだし、時には体に触れたり、触れられたりしたいと思う。
だから、私は触れたいと思ったら触れるし、触れられたいと思ったらあなたにそう伝える。
私とあなたの関係に、「誘う」「誘われる」「抱く」「抱かれる」といった役割分担は必要ないんじゃないか。
ただお互いの気持ちが一致した時に触れあえる関係性でいいんじゃないか、と。
たどたどしい言い方しかできなかったが、彼女は理解してくれた。
彼女自身、「自分がリードしなければ」「誘ってくれたなら、受けなければ」と自分の役割に囚われていたことに気付いてくれた。
同性でも異性でも、「パートナーと性欲が一致しない」ということがわかったら、少なからずショックだと思う。
相手の愛情を疑ったり、もしくは相手に申し訳なく思ったり、それが別れに繋がるケースもきっとある。
ただ、私と彼女の場合は、「性的役割」という固定観念を捨てることがより良いパートナーシップを築くきっかけになった。
彼女とはもうすぐ、付き合って半年の記念日を迎える。