理由も分からず姉と冷戦状態。謎を解くカギを同級生がくれた

2年前まで私と姉は冷戦状態だった。目を合わさず、挨拶も交わさず、トイレで同時に出会った日には眼圧に圧され譲ることとなり、爆弾を破裂させないように細心の注意を払って接していた。
私はなぜこんなにも遠巻きにされるのか身に覚えがなく、定期的にSNSで「姉が怖い」「私が知らんうちになんかしちゃったんか!?」「なんか言えや……言ってくれや…………」と愚痴ったりもした。
私自身が秘密主義なところもあるため姉の状況を詮索する気にもなれず(そもそも直接聞く以外に知る術などない)、私はただひたすらにら無害な妹ですアピールを祈るようにし続ける日々をすごしていた。

この冷戦のキーを握るのは、私の同級生だ。
彼女は非常に明るく晴れやかで、彼氏を連れてよく私のアルバイト先に遊びに来てくれていた。時間の都合で話せる日は多くなかったが、何の因果かその日は偶然私が担当していたレジに彼女はやって来た。

「元気〜?」と当たり障りのない挨拶と近況をうっすら話したところで、彼女は目を輝かせて私の名前を呼ぶ。
「今さ、ひらりのお姉ちゃんと働いてるよ」
その瞬間、私に一筋の稲妻が貫いた。驚きと納得を少しも顔に出さずに「あ、そうなん? お姉ちゃんとタイミング合わんから全然話せてなくてさ〜! 知らんかったわ〜!」と笑い返した私は間違いなく名女優だったことだろう。

心の中では「あ〜! ふんふん、なるほどね! オールオッケー!」と思っていた。
今から2年前となると、私は大学生で姉は社会人。母からは「どっかで事務やってるみたいよ」とうっすら姉の話を聞いていた。
明確なことを言わないあたり、姉も私と同じく秘密主義なところがあるらしい。母の言葉を聞き流して就活を目前に控え駄々をこねる私を、姉はさぞかし心を痛めて聞いていたのだろう。
姉は誰にも何も言わず事務をやめて、アルバイトで新たに働き出していたのだから。

姉が仕事を辞めたことを知らなかったのは、私だけだった

何も知らない私が就活の話を姉に振ったら最後、姉は現状の話をしなければならなくなる。したくないとはいえ、「会社の雰囲気はどうだったの?」というようなふわっとした質問くらいは私もしてしまうだろう。そしてそうなれば答えない訳には行かない。

勝手に仕事を辞めたことが身内にバレる!
正社員で働いてると信じている妹を前にボロは出せない!
気を張りつめた姉に残された道は一つだった。必要以上に私と関わらないようにすること。――そうして、私と突然の冷戦状態に陥ることとなった。我ながら名探偵に引けを取らない推理力である。

ただ、さすがの姉も友人繋がりでバレるとは思っていなかったんだろう。私だってバイト中に姉の現状を知ることになるとは思わなかった。しかも友人と私は連絡先の交換をするほどの仲でもないのである。
本当に姉はツイてなかった。レジにさえ来なければ私は今も姉にその時期があったことを知らなかったはずなのだから。

その日の夜、寡黙で喋ることの少ない父になら話しても特に問題ないだろうと友人からの報告を伝えると、父は「え!?」と声を大にして驚いており、少し悩んだあとに「母も知ってるから」と続けた。

20年近く生きてきて、父がそんな大きな声を出して漫画みたいに驚くことがあるんだとはじめて知った。同時に、当時知らなかったのは自分だけだったこともわかった。
母と姉はなんだかんだたまに話をしている様子があったため、母には私が知ってしまったことを黙っておくことにした。
母が私に伝えてこないのは、姉の心を守るためだということくらいは私にもわかる。ヘタに伝えてボロを出されたら、姉の抱えた爆弾はどうなるかわからない。

母と姉に知らない振りをし続けた約1年。スパイも悪くない経験に

かくして、姉の職探しが落ち着くまで約1年弱、私は母と姉を相手に「なんで知ってるの?」「なんで聞くの?」と思われない程度にそのあたりの話題をやりすごすという任務が加わった。
話さなければ良いだけなのだが、なぜだかそういう瞬間は来てしまうものなのだ。単純に、私の家族は会話が下手くそという弱点を持っているだけかもしれないが。私自身、何度心の中で母に「意識しすぎ……」と突っ込んだか知れない。

知らない方が楽だったかなあ、と当時は思ったものだが、こうして書いてみると結構面白いことになっていたし、結果としては偶然でも知れてよかったような気がしている。
姉と母の不器用具合に至っては、ある種の微笑ましさすら感じられる。

今となっては就活で失敗したことを踏まえて、姉は落ち込む私にかなり励ましの言葉をくれる。実際に苦しんだ姉の言葉は重みがあって、もうひと踏ん張りしようという気持ちに何度させてもらっただろう。なんちゃってスパイも悪くない経験となったのだ。
――でも、私も今、内定ないんだよなあ〜!

これはほんの先日の話だ。私の部屋で酒盛りをしつつ、弱音と愚痴を最大限に面白おかしく話をした末に「推理力も思いやりもあるし、探偵事務所なんかにスカウトされたりしないかなあ」と投げやりになったところで、姉は「おもんな」とバッサリと私を切り捨てた。
知らなかった、まさか姉がここまで笑いに厳しいとは。
その一晩、私たち姉妹の間に再び静かな距離感が生まれたのであった――。