誰にも言えなかった「女性芸能人になりたい」という夢
いま、私が欲しいもの。そして、ずっと欲しいと願い続けてきたもの。それは「表現力」だ。
誰にも言ったことがなかったが、あえてこの場で言ってみようと思う。
幼い頃から中学生にかけて、私は密かに芸能界を夢見ていた。幼い頃からアイドル、モデル、女優といったテレビや雑誌で見かける華やかな女性芸能人に憧れていた。私も可愛くて、美しくて、かっこいい、そんな女性になりたかったのだ。
しかし、そんな夢を私は誰にも言えなかった。自分がなれる訳ないとわかっていたから。芸能界に入るための「表現力」がなかったのだ。
芸能界ではダンス力や歌唱力、演技力などが求められる。加えて容姿も表現力の要素になるのだ。
私はどれも持っていなかったし、持つ術を知らなかった。
夢を言えなかった理由はもう一つある。「勉強ができるいい子」というレッテルだ。私は公立の小学校に入った頃から勉強が好きで、それが成績にも現れていた。いたずらや悪ふざけをしないせいか、皆は私のことを「優しい」と言っていた。
小学校高学年になった頃、将来の夢についての作文を書くことになった。芸能界以外にも夢があったので、それを作文にした。その夢は医者。
「医者になりたい」という作文を書いたところ、周囲が過大評価し、地元紙にも掲載されてしまった。この時の私は世間知らずで、医者になることがどれだけ大変なのか知らなかった。しかし、次第に周囲は私の成績や進路に興味を持ち始めた。
気づいたら「芸能界の夢」と「表現に対する憧れ」は消えていた
それが顕著に現れたのは、中学生になってからだ。
私は定期テストで、ほぼ学年一位だった。生活態度も良かったと思う。逆にそれ以外で褒められたことはなかった。
当時、私は吹奏楽部に所属しており、ホルンを担当していた。主旋律の魅力を引き出す対旋律を奏でることが多く、それを表現することが楽しかった。
しかし、楽器の吹き方自体は下手くそだった。顧問からは部活の成果よりも、学業の成績を褒められてばかりいた。上手く演奏できたときに、「上手になったね」と褒めてくれたっていいじゃないか。
また、美術の授業も辛いものがあった。
幼い頃は絵を描くことが好きだった。しかし、中学になると周囲に絵や創作が上手な人が多く、美術で表現することも自然と諦めてしまった。私は勉強でしか評価されないのだと感じた。
気づいたら芸能界の夢と表現に対する憧れは、きれいさっぱりなくなっていた。高校に入ってからは勉強に専念する毎日だった。勉強を頑張ること以外、私には何もなかったから。私なりに猛勉強した結果、第一志望校に合格した。
ちなみに医学部ではない。医者を目指すことに対する周囲の期待が重すぎたのだ。思い切って進路変更したら、気が楽になった。
いつの間にか手に入れていた「表現力」を磨きつづけていきたい
大学に進学してからは、学びたいことを学び、やりたいことに挑戦する生活を送った。社会に出て大学生活を振り返ってみると、私はほんの少し「表現力」を身につけたのではないかと思っている。
それは研究活動だ。
大学院時代、自身の研究テーマについての論文執筆や研究発表に励んでいた。修士論文1本と査読付き論文3本、そして幾つものプレゼンスライド。自分の研究内容や成果をただ述べるのではなく、わかりやすさも意識しながら作成していた。
すると、とあるプレゼンの機会に専門外の研究者の方から「わかりやすい」とコメントをいただき、議論を交わすことができた。今振り返ると、これは他分野の研究者を繋ぐ「表現力」だったのかもしれない。
現在、会社員として働いている。研究活動で身につけた表現力が活きた場面が、仕事で何度かあった。そして、さらなる表現力を身につけたいと思っている。
そのきっかけが、このエッセイだ。これからもエッセイを書くことで新たな表現力を学んでいこうと思う。
ついでに、憧れていたダンスにも挑戦してみようか。