私がいま一番欲しいのは、文筆家としての仕事。
大学生を卒業してから、私はずっと文筆家として生きていきたいと思っている。

エッセイスト、コラムニスト、脚本家、色んな文字書きの職はあるが、その中で最も目指しているのは小説家。
だから小説を公募に出すし、日々の生活の全てをネタにする。
ここで書いているエッセイみたいに、日常系の記事を書いたりする。
小説は女同士の間に生じるデカイ感情を書くのが得意。ジャンルでいうと……なんになるんだろうか。大衆文学のつもりだけど、他の人からは純文学って言われる。謎。
要望があればSFもBLも、ライトノベルだって書く。
そして私はそこそこ筆が早い。
全力投球で、爆速で原稿を作る。完結させることが上達の秘訣だというから、きっと私の経験値の溜まり方はすさまじいと思う。

私にとって小説は趣味におさまらず、私の世界観で社会に認められたい

小説を書くことは、趣味じゃだめなの?と聞かれることが多い。
というか、小説家になりたいと話すと、100パーセントで返ってくる質問である。
そしてその答えは「私にとって小説は趣味におさまらない」であり、仕事にしたいのである。
仕事として小説を書くということは、そこに賃金が発生する。
賃金は「貴方の小説に価値がある」「小説を書いていていいよ」という承認でもある。
私が小説に存在意義を見出している以上、社会から存在を認めてもらう一番わかりやすい形が小説家という存在。
自分の中からあふれ出すなにかを形にするだけなら、二次創作をして同人誌を作るだけで事足りる。
でも、二次創作の同人誌で承認欲求を満たそうとは思わない。これは自分の想いを綴ったものであり、それがたまたま同じジャンルが好きな人にヒットすればラッキー!
一人で踊っていても楽しいが、それが二人三人と増えればもっと楽しい!
そういうものが二次創作だから。
私は私の世界観で作り上げたもので、社会から認められたい。
そして小説でご飯を食べられるようになったら、人生の最高点を叩き出せる。

大きな小説公募の締め切り前日、原稿の息抜きに、原稿を書く

私は文字から離れることができない。
実はこの記事を書いている日(3/27)の四日後が、大きな公募の締切日である。
つまり、掲載されるかも分からない、小説ではないエッセイを書いている時間はないはず。
けれども、根を詰めていたら息抜きしたくなるものが人間というもの。
原稿の息抜きに、原稿を書く。
とってもおかしい文字面だ。
小説もエッセイも、両方自分からあふれ出てくる言葉を綴るものだけれど、書く目的が違っていれば楽しみかたも違う。
小説は、私が社会に認められるために、仕事にするために書くもの。
エッセイは、私が私であることを形に残す、想いを吐露するもの。
方向性は違えども、書くことが楽しいのは同じ。だから、原稿の息抜きに原稿を書くことが成立する。

仕事が欲しいだなんて、とんだワーカホリック。
人からのオーダーで書く小説は、きっと一人で作り上げる小説より辛いだろう。
世界観を擦り合わせること、スケジュールに則って書くこと、書いたものに責任を持つこと。当然といえば当然だけれど、小説家も社会の一人だから好き勝手することはできない。
表現したいものをうまく表現できなかったり、削られたりすることだってある。それでも、私は小説を仕事としたい。
ワガママで荒唐無稽な夢だろうか。一生かけても達成できないことかもしれない。
それでも私は、一生、小説を筆頭としてたくさんの文章を書く。
私は文字から離れられず、言葉はあふれ出てくるものだ。だから、この文章たちに値段をつけてやりたいと、切に思うのだ。