ちっちゃな頃から不思議だったことがある。
なぜ、歌が上手い人は素敵な歌詞を書けるのか。絵が上手い人は面白い話を描けて、お芝居が上手い人の顔は綺麗なのか。
この世には、たくさんの才能をもらった人がいる。こういう話をすると、努力が大切だと言う人がいるが、努力は才能がないと花開かないと私は思う。

私の憧れは自分のエッセイが新聞に載ること。そのために賞が欲しい

夢って言うと大袈裟だけど、私には憧れがある。それはいつか自分のエッセイが新聞に載ることだ。
私がエッセイを書き始めたのは社会人1年目の頃だった。さくらももこ先生に憧れて、私はエッセイコンテストに一つ応募した。
仕事が忙しくなり、書くことから遠ざかっていた。が、休職したのを機に、再開。履歴書にも書けないような空白の時間。充実した日々になったのはエッセイのおかげだ。

新聞には学生時代の頃に載ったことがある。当時中学生だった私は、フォトコンテストでありがたいことに入賞し、新聞社に取材してもらったのだ。
新聞に載ったことで、クラス内だけでなく、学校内、村内から声をかけてもらえた。それで「自分もこの世に存在したんだ……」と不思議な感覚を味わった。
休職中の今、また新聞に載りたい。新聞に載るためには、コンテストで賞をもらう必要がある。だから私は賞が欲しい。
しかし、それは難しい望みである。才能というのは若い頃に芽吹き、他人から必ず声がかかる。私は届かない入賞通知を待つだけ。

退職を決意し、一番欲しいものは賞から内定に変わった

現在の自分は、憧れの未来まで繋がっているのだろうか。それは、ちっちゃな頃思い描いた眩しい未来が、休職中の情けない現在に繋がったみたいに、だろうか。考えると、虚しく時間が過ぎる。
賞が欲しい。応募したコンテストは両手では収まらない。才能がないことはもう痛いほど分かっている。でも、たった一つでいいから賞が欲しい。こんな身も蓋もない願い。自分がこんなに強欲な人間だと知らなかった。
一方、休職の原因であるうつ病は良くならなくて、退職を決意した。よれよれのトレーナーから、寒々しいスーツに衣替えし、私の冬は始まった。
が、社会人経験の少ない人間を受け入れてくれる会社などなく、転職活動は続いた。

だからあれは、一番欲しいものが賞から内定に変わった頃のことだった。小規模なコンテストで、なんと運良く賞をもらえることになった。新聞には載らなかったが、これが転機となった。

何かの縁か、私の転職先は新聞社となり、憧れの舞台で働けることに

私は最初、別の職種を希望していた。しかし求人票を見直した。言葉に関わる仕事がしたいと思った。そして何かの縁か、私の転職先は新聞社となった。業務内容は文章とは少し遠かったが、憧れの舞台で働けると思った。
その入社を数日後に控えている。今、私は本屋のカフェでスマホをいじっている。アイスティーが肌寒いような、初春の午後。
テーブルの向かい側では、女性が分厚い参考書を開いている。必死に手を動かしてコツコツと努力する様子。私と同じアイスティーを飲んでいる。
強欲な私はやっぱりまた賞が欲しい。私も努力するから。歌手や漫画家や女優みたいな、たくさんの才能なんていらないから。
そしていつか、新聞に載りたい。絶対に。