4人兄弟の我が家のお椀の色はこうだった――姉がピンク(物心がついた時よりこの色は絶対的に姉の色)、兄は茶色(かぶと虫が大好きという突っ込めない理由)、私は水色(3人で被らない色)、妹はオレンジ(4人で被らない色)。
大して意識することなく、みんな大人になるまでそのお椀を使い続けていたが、ピンク=姉に関するイメージは今でも強いし、今でも彼女はピンクが大好きだ。まるで自分の代名詞のようにピンクを身に纏っている。

私はピンクを羨ましいと思ったことはなかったが、姉が家を出た後、まるで姉の代わりのように妹がピンクを好むようになった。靴、自転車、布団の色などなど。なので家の中からピンクが消えることはなかった。

これは誰の当たり前?見直すことでスッキリすることは多い

大学でジェンダーについて勉強していると、我が家のお椀のような何気ない日常の風景でも、それがいかに人を、そして社会を作っているのかが透けて見えることがある。
例えば女児のおままごと遊びを始めとする日常の一コマこそ、そのまま性的役割を是認する社会に繋がっていく。
そしてピンク。どうして女の子はピンクが好きなのか書かれた本を読んだことあるが、全てが大人の押し付けや環境によるものではないらしい。子ども自らが選ぶ場合も多く、プリンセスが好きな理由にも似ているとか。

それでも、トイレのマークで女は赤で男は青のように、色が性を示す例は世界に溢れている。昨今では、学校の出席簿が男女の順番に分かれていることもジェンダーバイアス助長だと声高に叫ばれ、多くの学校では撤廃に踏み切っている。
「この当たり前は、誰の当たり前?」を自答しなければならないのは、一見面倒くさいことのようだが、一度見直してしまうととてもスッキリすることも多い。

親友の娘への贈り物。沢山の色から私が選んだのは桃色

最近、ピンクに悩まされたことがある。
親友の娘が2歳になったお祝いで、花であしらわれた飾り物を贈ることにした。実はこの飾り物は沢山の色から選べ、今親友が妊娠している2人目の娘にも、姉妹で色違いをプレゼントできると思って選んだものだった。
さて、色はどうしよう。誕生した直後に贈ったぬいぐるみには、女の子だから暖色系!を避けたくてあえて青色のリボンを巻きつけたが、親友の家に行ってびっくり。そこはピンクで溢れていた。

話を聞いてみると、親友が好んでピンクを買っている様子。言われてみれば彼女は学生時代からピンク大好きで、結婚式の二次会でも真っピンクのふわふわドレスを着ていたなあ、と合点。
彼女の娘が本当にピンクを好きなのかは分からないが、どうしても娘のイメージもピンクになってしまい、結局選んだ飾り物は桃色になった。「これもジェンダーバイアスなのかな」なんて半分しょげてしまった。

ピンクを選ぶ最大の理由は、身に着けることで「可愛くなれる」から

そう言えば、あのピンク好き女子の解明の本に、胸に刺さるフレーズがあった。
「プリンセス」は「キャリア」ではない。
この目を覚まさせるようなパンチライン。
我々はどうしても「女の子らしい」と「男の子らしい」を分けて考えてしまう。その考えが色に現れたり、発言に滲み出たりする。そして社会では職種ではっきり分かれることも多くある。

ディズニーを始めとするプリンセスたちは、確かに本職が「プリンセス」。それはロイヤルファミリーが現実に存在するので何もおかしなことではないのだが、プリンセス好き=ロイヤルファミリー入りが憧れ、ではないのが問題なのだ。
じゃあ彼女たちはプリンセスの何に憧れているのか。それは間違いなく、あのキラキラした見た目である。
なにもプリンセスになってキャリアとしての公務をしたいわけではない。そうではなく、外見や雰囲気を輝かせたい。ここで外見至上主義の問題になってしまうのは非常に悲しいが、ピンクがその主義を助長していることに疑いはない。

他の色に目もくれずピンクを選ぶ最大の理由は、それを身につけることで「可愛くなれる」から。可愛いは外見への褒め言葉。
そう考えると、ピンクへの異常な執着は危険な要素を含んでいると思わざるを得ない。

色々ぶつくさと言っても、子どもが純粋にピンクやプリンセスを好むことを否定するつもりはない。私もシンデレラが好きだったし、姉がいなければピンクは私の色だったかもしれない。
それでも、この春に生まれる親友の2人目の娘には、ピンクだけは選びたくないと思ってしまうのも一種のエゴなのかな、なんて思う今日この頃である。