「女の子は赤かピンクなんだよ」と父。私は「女の子」だったんだ

ランドセルは、女の子なら赤で、男の子なら黒だった。
私が小学生の頃は、そこにピンクとか紫とか青といった、色の多様さを売りにしたブランドが増えてきた頃。
祖母と手を繋いだ幼い頃の私は、両親と祖父と共にランドセル売り場にいた。
「女の子だから、やっぱりこれかね」
祖父が手に取ったのは、赤いランドセルにラメやリボン柄の刺繍などの装飾が入った豪華なものだった。
その場にいる家族全員が私の顔をのぞき込む。
私はううん、と首を横に振った。
「そうかそうか、あんまり派手なのじゃないのがいいのかな」
祖母はスタンダードな赤いランドセルを見せてくれた。
私は「赤じゃないの」と呟いた。耳が遠い祖母はなあにと聞き返してくれたが、父は「女の子は赤かピンクなんだよ」と私の目を見て言い、ピンク色のランドセルを目の前に差し出した。

女の子、赤、ピンク。

私は女の子だったんだ、と初めて自分を認識したような気がした。
可愛い可愛いと大切に育てられ、髪を伸ばして編み込みなどをしたり、スカートを着せてもらって色んな楽しい場所に連れていってもらった。
でもそれは全部「女の子だから」なのだと言われた気がして。
私が男の子だったら、私が好きなカブトムシの柄の服を着せてもらったり、私が好きなアニメの主人公みたいな短い髪にしたり、私が好きなヒーローに変身するベルトだって買ってもらってたかもしれない。

これじゃないと言えず、黙って俯いた私の横に来た店員さん

ふと売り場の反対側を見ると、黒や青や水色のランドセルが並んでいた。
私はそれを指さした。
母は「あれは男の子用。ほら、あっちは男のお友達しかいないでしょ」

自分で女の子を選んだわけじゃないのに、男の子用は選べない。なぜか悔しくて、しばらく黙りこくった。
痺れを切らした祖母が「赤じゃないならピンクなんじゃない?」と、売り場の角に手を引いてくれた。

これじゃない。私はうつむいて何も言えなくなった。
引っ込み思案だった私は自分の意見を言えず、何も言えない時には黙って俯いてしまう癖があった。
そこに、売り場の店員さんがツカツカと歩いてきて、私の横にしゃがんだ。
「お嬢ちゃん」
もう顔を上げた私の目には、いっぱいの涙がたまっていた。
「お嬢ちゃんは4月が来たら小学校1年生になられるの?」
とても優しい声で、丁寧で、ゆっくりと話しかけられた。
私は頷くことしか出来なかった。
「そうなんですね、おめでとうございます」
「小学校に通うにはランドセルを背負って行かれるのね」
私は涙を堪えながら、保育園で読んだ絵本に出てくる小学生に憧れて、ランドセルを背負うんだと拙い言葉で説明した。
「そう、そうなの、素敵ね」
「ならお嬢さん、何色が好きなの?」
「赤とピンクは好きじゃない」
「それはどうしてなの?」
「赤は血の色だから。痛そう」
「そうね、痛い色よね」
「ピンクは子豚さんの色。私の色じゃない」
「そうね、子豚さんの色ね」
「そうなの、だから赤とピンクじゃないの」

最後に私が握りしめたランドセルは水色。自分で選んだ色

「違うのよ、お嬢ちゃん」

売り場の店員さんは、私の小さな手を握って私の目を見た。
「お嬢ちゃんの好きなお色を、言ってもいいのよ」
「女の子だからって赤とかピンクが好きとは限らないわ。私はピンクが好きだけどね」
「男の子だって赤や紫は好きよ」
「青や水色は海や空の色。赤は血の色、炎の色。緑は草木の色。黒は鉛筆の芯の色よ」
「ピンクは桃の色。私は桃が好きだから桃色も好き。薄紫はお着物でよく見るかしら」

一気に視界が開けた気がした。色は絵の具やクレヨンで「塗る」ものであると思っていたが、物が持つ本来の色は、クレヨンやクーピーの色なんかよりも輝いていた。緑は緑でも、同じ緑色はまたとない。

母は、ぼーっとする私に「赤とかピンクじゃないんだね?」と聞いた。私が頷く前に「やっぱり嫌だって言ってもランドセルは6年間使うものだからね?」と念を押した。
私はか細い声で「ピンクじゃない」と言った。

よしっ、と母はひとつため息をついて、そして私に笑いかけた。
「好きな色のランドセル、見つけておいで」

私は人生で初めて、家族の手を離れて自分の欲しいものを選ぶための旅をした。
側には店員さんがいつもいて、私の手の届かない高さのランドセルもとってくれた。
結局、売り場にあるほとんどのランドセルを背負った。最後に私が握りしめていたのは水色だった。

名前の由来を、母に聞いたことがある。ダイビングが趣味だった父と母が、海から名前をとってつけた名前だ。海のように大きくて心の広い子に育ってほしいからそう名付けたんだと聞いた。
それ以降、水辺が好きになったし、描く絵も自然と海や川を描くために水色が多かったのを、母は知っていた。

父と祖父母はまだ納得していなかったようで、ピンク色のランドセルカバーを一緒に買った。
「飽きるかもしれないから」と、ランドセルと同じ袋に入れられたピンク色のカバーを私はずっと見つめていた。