どちらかというと実用主義だから、断捨離の才能は持ち合わせた方だ。
服も思い出の品もなんでもかんでも、しばらく使わなかったとわかれば容赦なく捨てる。
私にとって捨てられないものはほとんどない。あるのは「捨てたくても捨てられないもの」ばかりだ。
ふとした時に現れては私の思考と感情を支配する悪魔のようなもの。「恥ずかしかった思い出」というやつは、捨てようと思うほど離れない。
だったらいっそのこと文字という形に残してやろうじゃないか。永遠に晒し首にしてやる。それも少しばかり品のない思い出をだ。
美しいお花に囲まれて小鳥さんと一緒に育った紳士淑女の皆様方、引き返すなら今です。
生徒会長に一目惚れした私は、不純な動機で生徒会に入った
高校1年生の時に、生徒会役員の会計を務めていたことがある。
受験には失敗したくせに受験勉強からの解放感だけは一丁前に感じていて、それまでの人生フラれっぱなしの私は入学早々、初めての彼氏が欲しいと鼻息を荒げていた。
これは一目惚れに違いない、と白羽の矢を立てたのが生徒会長である。私は彼氏作りのために「学校を変えます」だのなんだのと全生徒の前でスピーチし、乱れた風紀心で生徒会という自治的な組織に入った。
自分で引くほどの最低な動機だが、翌年は生徒会長まで務めたので大目に見てやってほしい。
生徒会役員は、地味に、放課後は様々な雑務に追われている。
あの時も、教室でそれぞれの担当ごとに分かれて作業をしていた。
黒板に近い窓際でイラストを描く係とは反対の場所で、私は女性の先輩とホッチキスを使って冊子を作っている。
夕方の初夏の風は爽やかにカーテンを揺らす。黙々と作業に集中して、風の気持ちよさに身を預けていると、急にガツンと香るものがあった。
あまりの衝撃で眉をひそめる。一瞬手が止まりそうになったが、それでも人のことを想い、気がついてないふりをして私は思った。
先輩、屁ぇこいたな。
臭いを残して先輩は去り、入れ替わりでこちらに向かってくる誰か
私達二人の周りには誰もいないし、遠い場所にいたイラストチームから発射されたおならとは到底思えない濃厚な生まれたての香りだった。先輩以外ありえない。
兵器級のを生み出したのに顔色一つ変えない彼女にあっぱれと心で呟くと、彼女は急にイラストチームの方へと去っていく。
つまり、すかしっ屁を置き去りにしたのだ。
なるほど、おならをしてすぐそこから移動することで、後から来た人にはおならの臭いは感じてもすでにそこにいない自分のことは犯人だと思われない。
一人でいる時なら最強の作戦だろう。今回の場合だと、私は犯人が先輩であると気づいてしまったが、この後にパンフレット班へ来た人は皆、先輩がしたとは思わないわけだ。
秀才な先輩の背中を眩しそうに見送る。するとその奥から誰かがこちらに近づいて来るのがわかった。
――パンフレット班へ来た人は皆、先輩がしたとは思わないわけだ。
じゃあ誰がしたと思うのだろう。
充満した屁ガスの空間に、私が一人。
……おならの犯人は私になっているじゃないか!!!
慌てた。心の底から来るな、と思った。しかし思い虚しくどんどん近づいてくる。最悪だ。
先輩と入れ替わりで向かってくる誰か。夕日に照らされてやっと見えた顔は、あの会長だ。
そうだった、会長は私のぶりっ子が功を奏して、かなり私のことが気になっている。彼は虎視眈々と二人っきりになれる瞬間を狙っていたのだ!
急に黙るお喋り好きの会長と、無実なのに顔が熱くなる私
会長は私の思いなど知る由もなく、ウキウキしながらデスゾーンへと入り込む。
会長が何か私に話しかけ、私は平静を装いながらすでに臭いが消えていますようにと願い続けていると、お喋りが好きな会長は急に黙ってしまった。ああ、これは香ったな。
おならをしたと思われたと悟った瞬間、顔が熱くなるのを感じた。自分は無実であると証明したいのにこれでは余計、相手に私が犯人だと思われてしまっている。
これは私の放屁ではありません、と証言するわけにもいかず、なす術なく、結局二人は黙ってホッチキスを鳴らすのだ。
絵があるとしよう。放課後の教室でお互い語りかけずに静かに作業をする高校生の男女二人。
思春期特有の照れ臭さから話しかけられない、二人の甘酸っぱい青春のワンシーンだとうっとりするだろう。
しかし真実は、おなら臭さから失望した男と絶望した女の、絶句の様子を描いた地獄絵図なのだ。
多感な時期に起こってしまったこの恥ずかしい出来事は、今でも蓋を開けては蘇り、私を辱める。
しかし、後日私はこの会長と付き合うことができた。恋の勝負におならなんぞ影響しない。似たようなことで失敗したと思っている人がいるなら、諦めないでほしい。
私は付き合って1年後に木っ端微塵にフラれる。
おならなんか関係ない、結局は人格の問題なのだ。