「僕のことを書いて」と彼は言った。何度目かの通話をしていたときだった。
趣味の集まりで知り合った彼と私は、毎日メッセージのやりとりをしたり、休みの日が合えば会って出かけたりする仲である。

彼と自然に接することができたのは、私が大学生のとき。彼は美しい人

彼と初めて2人で会ったのは、重たい曇天の昼下がりだった。その日の朝、私が何かの拍子にLINEで「退屈」と言ったら、わざわざ隣の県から車を飛ばして会いに来てくれたのである。
夜勤終わりによく来たものだと思う。そんな物好きなところが、きっと私と通ずるのであろう。彼の運転する車の助手席で、私はとてもよく喋ったと思う。
私はとても人見知りで、会話が得意でない人間なのに、なぜか彼とは恐れずに会話ができた。これまでもやりとりをしていたとはいえ、初めて2人きりで話すことになって、ここまで饒舌に話せたのは初めてのことである。
好きな音楽のこと、学生時代にしていた部活のこと、最近始めたこと、将来の目標のこと。目的地に着くまで途切れずに話ができたのは、彼が話題を振るのが得意だからなのだろうと思っていたが、今他の要因もあると気付き、筆を執った次第である。  

私が彼と自然に接することができたのは、私が大学生のとき、憧れていた人と彼が似ているからだと気付いたのだ。生きていて初めて、心から「美しい」と思った人。
顔も声も価値観も全く違うけれど、纏う頽廃的な雰囲気がとても似ている。だから私は多分、彼のことを、憧れていた人の代わりにしているのだ。そんな自分を、とても最低だと思う。
でも、「それでいいじゃないか」と思う自分もいる。彼は私に好意を寄せてくれていて、私はそれを享受している。それだけのことだ。
彼は私に(今のところ)何も求めないし、私も何も与えない。それでも彼自身が「いおちゃんと話せていることが癒し」と言っているのだから、それでいいじゃないかと思っている。そんな最低な私のことを、今回は語りたい。

彼は優しくて私を気遣ってくれる。でも、私は彼のことを愛せない

話を初めて会った日のことに戻そう。曇天の昼下がり、彼に迎えに来てもらい、私たちは遅めのお昼ご飯を一緒に食べた。彼のおすすめだというローストビーフは、本当に世にも美味しいローストビーフだった。容姿が崩れることを恐れて食事が怖い私だけれど、彼と一緒だから全部美味しく食べられた。
そのあとお互いが好きなブランドのお店に行って、2人でお揃いの服を買った。新作のトレーナーである。
笑いあって服を選んだことは、それはとても楽しいひとときで、これからもずっと大切で忘れられない思い出だと思う。

それ以上に心に残っているのは、その買い物を終えてビルを出たあとのことである。雨が降っていたのだ。なんたることか。私も彼も、傘など持ってきていない。
私はしばし呆然としてしまったが、彼の行動は速かった。着ていた厚手のトレーナーを脱ぎ、私に着せてくれたのである。なんという無謀な英断であろうか。そして彼はこの寒い雨の中、半袖でコンビニに傘を買いに走ってくれたのだった。
買い物中も、常に人混みが苦手な私を気遣ってくれた優しい彼。なのに私は彼のことを愛せない。それがとてもつらくって、この文章を書いている。

私はノンセクシャルだから彼が好きだけれど、友愛以上の感情を抱けない

好きだけれど、友愛以上の感情を抱けない。彼の「好き」と私の「好き」は違っている。それがとても切なくて、どうしようもなくて泣きそうになる。
初めは「憧れの人に似ている」という理由で興味を持ったけれど、今は彼自身を知りたいと思う。彼の人間性が好きだと思う。毎日息苦しい彼の息継ぎみたいな存在になりたいと思う。
なのに、私のノンセクシャルという性(さが)は、彼と同じ愛し方をさせてくれない。どうしても、彼に触れられない。触れられたくない。そして私は、彼にノンセクシャルだとまだ伝えることができていない。
自分がノンセクシャルなことを、自分自身肯定しているし恥じていないはずなのに、伝えられない最低な私のことを、どうか許して欲しい。
いつかきちんと話せることを祈って、この文章を終えようと思う。君が書いてほしいと言った文章に代えて。