着たくもないリクルートスーツを買うため試着室に5時間こもった
私は自分を貫き通すことができず、大学の入学式で大失敗した。
高校3年生の私はファッションにこだわりがあって、入学式はちょっと変わったスタイルで行こうと思っていた。
スーツのようなジャケットを着るつもりだが、矢沢あいさん作の「NANA」の漫画に出てくる「大崎ナナ」のような、おしゃれでインパクトのあるコーディネートにしたい!とワクワクしていた。
好きなブランドの新作ジャケットを雑誌からいくつかピックアップして、今度何着か試着して決めようと思っていた。
しかし、母もスーツ屋の店員さんも、それを許してはくれなかった。
「行かない!」と言ったのに、母に「入学式用のスーツを買おう」と引っ張り込まれたスーツ屋には、地味なリクルートスーツがずらり。
「なんだか変!嫌だ!私はこんなの着たくない!」と思った。
黒やグレーのモノトーン色は好きなのに、何だか嫌な色に見えるのは、生地感やデザインによるものだろう。リクルートスーツらしい謙虚で質素なあしらいが私は苦手だ。
今なら「モノトーンはいいけど、光沢感があって、もっと遊びのあるデザインがいいんです」なんてわかった風な口の聞き方で、具体的に言語化はできるはず。
しかし、当時は嫌としか表現できなかった。
「とにかく試着だ、試着!リクルートスーツを買え!」と、母も店員もどんどん服を持ってくる。
「ここでは入学式のスーツ買わないよ!自分の好きなお店でスーツっぽいジャケット探す!」とはっきり言ってみたが、聞かなかった。
それどころか、スーツ屋の店員は哀しそうな目をしながら、
「そういう子は浮くんですよ。みんなリクルートスーツですからね。入学初日から変な目で見られて、それが原因で病んで友達ができなくなる子もいますからね」
と言い放った。
今から思えば完全に脅しのセールストークである。
それに気づいていない私は「そんな世間の目、関係ない!」と大声を出したが、母は母で「そんなことで学生生活を棒に振ってはダメ!」と、さらにスーツを持ってきた。
結局5時間以上、試着室に閉じ込められた。
私はリクルートスーツを着るたびに「気に入らない。ここでは買いません」と言って、試着室を出ようとしたけど、次のスーツと共に押し込まれる。
閉店時間をお知らせする店内放送が鳴り、母は「とりあえずスーツは買わないと帰らせない!」と怒った。
私も断り続けているのにわかってもらえない疲労が限界に達し、いい加減帰りたくて、「入学式に着ていく服は別に買う。社会人として1着持っておくためのリクルートスーツを買う」ということで妥協した。
社会人としてもこんなクソダサスーツ着たくねえよ!そもそも就職するつもりないし!と思ったが、飲み込んだ。
欲しくなかったリクルートスーツは、入学式用スーツに変わり果てた
家に帰ってから「どんだけ駄々をこねるん」と母は不機嫌だった。
そして「スーツ、高かったんだから感謝しなさいよ」と言われた。
「そもそも大学に行かせてもらえない子供もいるなか、あんたは大学に行けて、こうやって親に付き添ってスーツまで買ってもらってるのに、なんでそんなに嫌がるの!」と顔をしかめた。
それはそう。本当に正論だ。
10年前の私は、自分の環境のありがたみがわかっていない発言や態度が多すぎた。
しかし、5時間も飲まず食わずで閉じ込められた挙句、欲しくないものを買われても困る。
同じお金を使うなら、その分本当に好きなものを買って欲しかったのが本音だ。
でも、リクルートスーツとはまた別に、入学式用の服はまた買いに行ける。
あのクソダサスーツが日の目を見ることはない!と思いながら、また入学式の服をどうするか計画していた。
しかし、入学式のための服は買ってもらえなかった。
入学式直前までバタバタしていたし、「また何時間も試着室にこもられたら困る」と呆れてショップに連れて行ってくれなかった。
「入学式の服はリクルートスーツを買ったんだから、それを着なさい。何のためにあんな高いもの買ったと思ってるの?」と言われた。
話が違う。だけどもう大学生になるのに、こんなことで騒ぎ立てるのもおかしいのかなと思った。
私はまた妥協して、せめて小物だけでも好きなものをつけようと思った。
「なにそのアクセサリー!チャラチャラしてる!スーツにブーツ!?なに考えてるの!?ちゃんと黒のヒールにしなさい!」
母の逆鱗に触れた。
好きな服を着たかった。ワクワクする心を押し殺すことなんてなかった
結局、私は自分にとって、この世で1番最悪で嫌で仕方ないクソダサな格好での入学式出席となった。
もちろん、浮かなかった。
しかし、とてもショックで落ち込んだ。
周りにはフリーダムな人がたくさんいたから。
「黒は嫌だから」と白のセットアップを好きなショップで買った子、綺麗めなワンピースを着ていた子、入学式がめんどくさくて普段着で来た、なんて人もいっぱいいた。
変わった専攻科目がある大学だったので、比較的そういう人が多かったのかもしれない。
ただ、リクルートスーツの子もそうじゃない子とは、別に隔たりは一切なかった。
みんな思うがまま、好きなようにしていた。
私も自分の好きなようにしたかった。
「こんな服が着たい!」というワクワクを押し殺す必要なんて一切なかった。
入学式で浮かなかったことを喜んで安心している母を横目に、私は今でも表現できない悲しみと怒りでしばらく病んだ。
ちなみに入学後、私は周囲に馴染めず、精神と身体が壊れ病気になり、大学を退学する羽目になる。
当たり前だけど、大学の入学式でスーツを着て浮かなくても、学生生活が安寧とは限らない。
どのみちダメになるのなら、なにも妥協などせず、やりすぎなくらい自由奔放に、したいがままにすればよかった。
その日からファッションのTPOを求められる度に、入学式のことを思い出すくらいトラウマになっている。
アラサーになった今でも、あのクソダサスーツは二度と使われず、タンスの奥にしまったままだ。