初めての一目惚れは恋の始め方もわからず、ぼーっとしたまま帰宅

私が捨てられないもの……それは初恋の人に書いて渡せなかったラブレターです。
小中高と女子校だったこともあり、周りに意識する異性がいない生活が日常でした。
そんな私に初恋が訪れたのは、中学生のときです。

腫瘍が足にできて、急遽入院して取り除くことになりました。その腫瘍は悪性ではなかったので、手術は大層なものではなかったし、問題もなく終了したのですが、その後も術後の経過観察で数回病院に行く必要がありました。
執刀医の先生がいると思い、その日も扉をあけると、そこには毛先のはねた無防備な研修医の先生がいました。
誠心誠意接してくれて、色々腫瘍の状況を聞かれたと思うのですが、一目惚れってこういうことを言うのだなぁとか余計なことばかりぼんやり思っていて、何を聞かれたのかきちんと応答したのか、ほぼ会話の内容を覚えていないほどでした。
これまで恋をすることもなかったし(漫画の中の青年に主人公目線できゅんきゅんしては友人とキャッキャするくらい)、どのように話しかけたらよいのか恋の始め方もわからず、何も行動を起こせないまま、ぽーっとしておうちに帰りました。

鞄にラブレターを潜ませていたけど、あの先生には会えないまま

おうちに帰って、次回の受診に向けてラブレターを書こうと思い立ちました。
レターセットを収納しているボックスをひっくり返して、どれで書こうかなぁとワクワクした気持ちで選んだのは、女の子が赤い風船を持ったシックなデザインのもの。私の気持ちが届けばよいな、というような少しロマンチックな思いもありました。
机に座って、さぁ書くぞと息巻いたものの、何を書けばよいのかわからず途方にくれたのを覚えています。会話した内容は腫瘍の経過状況のみ。先生のことは何も知らず、ただ顔が好みというだけ。
悩んだ結果、今度お話してみたいという旨と連絡先だけを記載して封をしました。

ラブレターと共に再訪し、名前を呼ばれてドキドキしながら扉に手をかけて開くと……そこには執刀医のいつもの先生が笑顔で座っていました。
内心がっかりしてしまいましたが、先生はそんなことも知らないし仕方ないよなぁとその時は諦めたものの、その後も受診に行くたびにもしかしたら……という淡い期待と共にこっそり鞄のなかにラブレターを潜ませて病院を訪れました。
結論から言うと、最後までその研修医の先生に会うことは叶わず、私は人生ではじめて書いたラブレターを結局渡すことなく初恋を終えました。

何も始まらなかったし、初恋と呼ぶにはささやかなもので、いつの間にかそのラブレターは月日と共に机の引き出しの奥底に沈んでいき、私も他の人と恋をしたりして、そのラブレターを目にすることもなくなりました。

十数年ぶりにラブレターと対面。不思議なドキドキが伴う

コロナ禍に入り、外出もできずに家で過ごす時間を快適にしようと自室の模様替えをしたり、断捨離をしたりし始めたときに、十数年ぶりに自分が書いたあのラブレターと対面しました。
糊付けされた封筒を少しずつ剥がしていくと、その頃の空気が封筒の合間から漏れ出すようで、甘酸っぱい気持ちがしました。意外と何を書いているかは覚えているもので、過去の自分のいたずらを垣間見るような不思議なドキドキが伴いました。

あの研修医の先生の名前は分からないし、研修医で様々な病院を回られていたと思うので、実際に会うことはこの先もないでしょう。このラブレターを持っていたとして、この先何があるわけでもありません。
現にラブレターと呼ぶには内容もなく浅はかで、大人になって読み返すと大事に取っておくほどのものでないことは一目瞭然です。
でも、会えるかなぁともじもじしていた記憶、ラブレターと信じてラブレターって何を書けばよいのかと悩んだ時間。会えなかったけれども、その先生が似ていた俳優さんにその後数年お熱をあげていた記憶。色々なことを思い出すと何とも捨てることができず、私は元あった場所にラブレターをそっと戻しました。

このラブレターには、あのときの精一杯の想いが詰まっている

きっとこの先、何度掃除をしても私はこのラブレターを捨てることができないと思います。
恋と呼ぶには幼く、何も始まらなかったけれど、確かにあの時私は、自分の中に芽生えた小さな恋のつぼみを感じたから。このラブレターにはあのときの私の精一杯の想いが詰まっていると感じました。

悩んで悩んだ末の余白いっぱいなラブレター。
いつか私に子供ができたときに、恋をした子供に読ませたいなと思います。
その時までこのラブレターは取っておこうと思います。