当時の私たちの会話は、「性」への興味関心で満ちていた

Kちゃんが一つのDVDを取り出す。
「ねえ、今日の夜はこれ見ない?」とニヤニヤしながら。
「いいねえ」と私とIちゃんが答える。勿論ニヤニヤを返しながら。
そのDVDとは円盤化されたばかりで、セックスシーン、いわゆる濡れ場が多いと評判だった「愛の流刑地」だ。
沢山のDVDコレクションがある、Kちゃんちでのお泊り会。私たちは中学2年生だった。R15+指定がかかっている「愛の流刑地」は、本来私たちは見てはいけないものだ。でも、14歳の私たちは、性への好奇心が日に日に強くなっていった。
その興味関心に免じて、1歳は許していただきたい。それほど当時の私たちにとって「下ネタ」は会話の中心であった。

中学の先輩カップルがやっただの、あの同級生のカレカノはキスをすましただの、○○ちゃんは巨乳、▲▲ちゃんは貧乳、貧乳は彼氏に揉まれれば大きくなるらしいだの、東京都教育委員会を東京都「性」教育委員会といじってケラケラと笑いあったりだの、当時の私たちの会話は「性」への興味関心で満ちていた。

それは楽しさとともに、日に日に変わっていく自分たちの身体の変化への戸惑いと若干の恐怖心に裏付けされたものだった。
変わっていく自分が怖い、いつか自分も「やる」側の人間に、「女」になることへの恐れもあった。
どうせみんな怖くてでも興味があるなら、ならば下品に笑い飛ばしてやろう、そう中学2年生の私たちは恐怖心を隠すように下ネタを発してケタケタと笑いあっていた。

興奮しながら見た、2時間超の「愛の流刑地」のストーリーを私は殆ど覚えていない。確か小説家と人妻の不倫の物語だったと思うが、自信はない。
なぜなら、「そのシーン」以外を早送りして、「そのシーン」を何度も繰り返し見たからである。「おおすごい丸出しだ」とか「このストーリー部分長いから早送りで!」とか「今のシーン激しいな、もう一回見よう!」だとか、テレビにくぎ付けになった夜。

私は日本人女子メンバーの中で、盛り上げ役でお調子者キャラに

「かがみよかがみ」で募集していたテーマである、「ピンク」と聞いて私が思い出したのは、百花繚乱に咲き乱れる桜のピンクや、可愛らしいピンクのワンピースでもなく、あのリモコン片手に友人で、少しいやらしい「ピンク」な映画を見たあの夜のことだった。

世のティーンエイジャーが、国は違えどみな下ネタに興味関心があるのだ、と気づかされたのは、高校に進学し、夏休みのプログラムでアメリカに短期留学したときだった。
そのプログラムは、40名の日本人高校生がアメリカに行き、アメリカの高校生40名と交流し、翌年今度はアメリカの高校生が日本に来て再会を果たす、というものだった。
初年度アメリカに滞在したのはたった3週間だけだったが、様々なアクティビティを経て、私たち80名は1つの家族のような連帯感を生んでいた。

「マヨ、何か面白い日本語のフレーズ教えて」
最後の方のフリートークのアクティビティで、一人のアメリカ人女子メンバーが私に声を掛けてきた。3週間が終わるころには、もう私は日本人女子メンバーの中の、盛り上げ役でお調子者キャラが浸透していた。
「うーんそうだな…」とにやりとする私。これなんてどう、と言葉を続ける。
「先にシャワー浴びて来いよ、ベッドの中で待ってるぜ」と言うと、隣で一連の話を聞いていた日本人男子メンバーが噴き出した。
“What do you mean?”と聞かれたので、“It means that……”と説明する。
彼女は盛大に笑い出した。ウケたのは嬉しかったが、「絶対に忘れないわ」というのはお世辞だと思っていた。

それがただのお世辞ではなかった、というのが分かったのが翌年、彼女に再会してからのことだった。
1年ぶりの再会に話ははずんだ。フリートークの最後の方の時間に、ふいに聞いてみたくなり、「私が去年教えたあの日本語、覚えている?」と彼女に質問してみた。
すると、彼女はにやりと笑いながら、「I never forget that. ベッドノナカデマッテルゼ」と答えた。その場に去年より大きな笑いが生まれた。
私は、下ネタは万国共通で笑えるテーマなんだ…!と、感動に近い感情を覚えた。ティーンエイジャーのピンクな話への興味は国を超え、盛り上がる普遍的なものだったのだ。

無邪気に爆笑していたころを思うと、少し男性が羨ましい

現在では、ピンクの話への私たちの姿勢も年と共に変化してきた。最近、同性の友人たちと話していて、変わったな、と思うのだ。
今年28歳となる私の同級生たちと会うと、結婚だけでなく、その先の妊活や妊娠、出産それにまつわる婦人科やPMSに関する話がやたら多くなったのだ。
昔の東京都「性」教育委員会の話といった下ネタは、全く出て来ない。もしかしたら、中学生や高校生だった私たちがあれだけピンクな下ネタを好んで集中的に話していたのも、私たちのその話にタイムリミットがついているためだったのかもしれない。
男性はいつまでも子供の頃と同じ下ネタで盛り上がれると言われているが、女性は自分の身体のリミット、バイオロジカルクロックに振り回される。いつまでも下「ネタ」として話し続けられるわけではなく、自分の身体に直結するものとして真剣に話さなければいけないため、「ネタ」を止めてしまうのではないだろうか。
ピンクな下「ネタ」で無邪気に爆笑していたころを思うと、その変わらなさに、少し男性が羨ましい気がする。

あの頃はあの頃なりに恐怖心を抱いていたが、結婚妊娠出産といったこれから訪れる変化にも、私たちはまた恐怖心を抱いている。
もしかしたら今「愛の流刑地」を見たら、昔はあれだけエロティックに感じた「ピンク」のシーンも、「演技過剰だなあ」だったり、「大げさだよ」なんて冷めた感想を持ってしまうのかもしれない。この13年間の私たちの変化はそれほど大きいものなのだろう。そしてこれから私たちを待ち受けている変化も。
それでもいい。中学生のあの頃のように恐怖心とそれを上回る好奇心を持って、ともに笑い飛ばす友がいるのだから。

ちなみにピンクが「エロい」というイメージの色であるのは日本だけ。
アメリカでは青、中国では黄色、スペインでは緑、フランスでは白、イタリアでは赤がそれに該当するということも、末尾だが付け加えておく。